有吉佐和子【華岡青洲の妻】 

江戸時代後期の紀伊。外科医の華岡青洲は、日本で初めて全身麻酔による手術を成功させ、歴史に名を残した。

その栄光に至る道のりは過酷であった。青洲は麻酔剤「通仙散」を完成させるために人体実験を必要とし、母と妻は進んで自らを実験に捧げたのである。


華岡青洲の妻 (新潮文庫) 華岡青洲の妻 (新潮文庫)
有吉 佐和子 (1970/01)
新潮社

この商品の詳細を見る



私が中学3年のときの話ですけど、バスケット部の人たちが後輩に対してあまりにも厳しすぎるというので、先生から注意を受けたことがありました。

私はバスケット部ではなかったので、どんなふうに厳しかったのか具体的には知りませんが、先生が見て注意するくらいですから、よほど目に余る状況だったのでしょう。

注意された部員は先生に何と言ったか。

「あたしたちも先輩に厳しくされてきました。後輩に同じことをするのは当然です」



こういう考え方だから、悪しき伝統を途中から消すのは難しいんですよね。

いわゆる体育会のノリが全面的に悪いとは思いません。先輩方に正しく鍛えられたおかげで、ぴしっと感じのいい人たちを何人も見たことがあります。



鍛えるのと苛めるのは違います。そんなことは誰でも理屈では分かっている。

だけど、「鍛えてやるよ」という先輩らしい気分の中に、苛めの気分が混ざることがあると思うのです。

あるいは、鍛えてやる・教えてやるという大義名分のもとに堂々と苛めをおこなうことが、あると思うのです。



たとえば本書における「華岡家」の場合。

せまい家で大家族がひしめきあうように細々と暮らし、青洲が医術を学ぶための費用を家族みんなで頑張って工面しています。

美談ではありますが、本人たちにしてみれば楽ではありません。ストレスが溜まります。



そこへ嫁がやってくる。

姑は「医家の嫁としての心得」を教え込む体裁をとりながら、その実は嫁にストレスをぶつけます。頭がよくて美人だと近所でも評判の姑ですが、そのぶん嫁に対する苛めは巧妙で陰にこもっています。

嫁は実母に苦境を訴えますが、「私も若いころはお姑さんに厳しく言われたものよ……」と慰められるぐらいのもの。実家から嫁ぎ先に物申すわけにもいかないでしょうしね。

それにしても理不尽このうえない。たとえば早く跡継ぎが欲しければ、夜は新婚の夫婦を二人きりにしてあげればいい。なのに、この姑ときたら「あんたはこっちに寝なさい」っつって夫婦を別々に寝せちゃうの! たまに夫婦が床をともにして、嫁が声なんか出した日にゃ……(以下自粛)。



さて華岡青洲は麻酔剤の動物実験をくりかえしますが、最終的には人間に試さないと効果が分からない。

すると嫁と姑が「私を実験に使って!」「いいえ私を!」と争いを始める。

互いの身を案じているのではありません。

「もしお義母さんに何かあったら」「もし嫁に何かあったら」――残った私は近所の人たちに何と噂されるか分かったものではない。そんな考え方です。



青洲は研究に没頭していて二人の真意に気づかないのか、それとも気づかないふりをしているのか。よく分かりませんが、結局は二人それぞれに違う薬を与え、実験をおこないます。

当然ながら二人それぞれ別の結果が出て、そのことが二人の心を傷つけ、さらに薬の悪影響が身体を蝕みます。



この嫁・姑戦争は一応の決着を遂げますが、負けた側の怨念、勝った側の優越感とその後に続く苦い後味を、有吉佐和子の筆致は「これでもか!」っちゅうぐらいにエグり出します。負けたほうは悔しいけど、勝ったら勝ったで別の重荷を心にかかえて一生をすごすんですね。

そして青洲に対しては、「妻にも母にも物を言えない情けない男!」と言わんばかりの書きっぷり。

でも私には、青洲が男として誰に何と言うべきだったのか分かりませんし、たとえ青洲が何かを言っても女ふたりの争いがおさまったのかどうか、よく分かりません。


[2007/08/08 17:40] あ行の作家 | TB(0) | CM(2)

コメントありがとうございます

うはははは。たしかにエグいです。名作とはいえ、この本で夏休みの感想文は書けないなぁと思います。華岡青洲の谷原章介ってイメージが合いすぎです。二枚目なのに微妙な感じのかたですよねぇ……。
[2007/08/20 11:49] ぱんどら [ 編集 ]

あまりにもエグそうで読む気の起きない名作です(笑)。

木曜時代劇でドラマ化された際、
華岡青洲を谷原章介が演じていましたが、
「妻にも母にも物を言えない情けない男!」には
ぴったりだったかも、と思いますね。
(ただし、こっちも見ていないのですが・・・)
[2007/08/12 21:21] 瑞閏 [ 編集 ]

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://pandoranikki.blog69.fc2.com/tb.php/281-9bde9276