「ガーリッシュ」な世界を堪能するための文芸作品を紹介してくれる超個性派のブックガイド。
一般的には「文芸」と表記するところに、あえて旧字を使い、
文藝としたところに著者の並々ならぬこだわりを感じる。
「文藝ガーリッシュ」とは著者が提唱する新しい本のジャンル。このジャンルの本たちに「選ばれる」ためには、いくつかの条件がある。
以下、本書の前書きから引用。
つい古本屋や喫茶店をハシゴしてしまう。たぶん、肺病で夭折した文學少女の霊に取憑かれてしまったんだと思う。
女子どうしだから解り合える、なんて嘘。女だからって、あんな女といっしょにしないでくれる?
《ダ・ヴィンチ》に載る十冊の話題の新刊より、《彷書月間》で紹介された一冊の古本。
日本の書店で小説の棚が作者の性別で分けられてる意味がわからない。
「等身大」「本音」「自分探し」のたぐいの言葉が苦手。
「ミステリ」とか「ファンタジー」「SF」といった既存の特定ジャンルが好きなのではなく、一冊一冊の小説が好き。……などなど、さらに諸条件はさらに続くのだが、長いので省略。ご興味のあるかたは本書を読んでみよう。
さて、私などはジャンルによる本の分類ができない性分で、ひとさまに「どんな本が好きなの?」と質問されることが最も苦手だ。
たぶん先方は「ミステリ」や「SF」などの単純明快な答えを期待していると思う。
最も嫌がられる答えは、例えばこんな感じ――
「えーとね、ジャンルはよくわかんないけど、なんかこう……読んでて細胞がザワザワするような……単純に泣かせたりとかじゃなく……でも気づいたら涙うるっと来て、でも泣く手前で止まる、みたいな」
長ったらしくてワケがわかんない、しかも会話のふくらませようがない。こういう答えは誰も望まない。私もダテに年をくってるわけじゃないので、こんなときは本音を吐露するのではなく、「うん、いろいろ読むよ」と受け流すに留める。
だから上記の引用部分の
「『ミステリ』とか『ファンタジー』『SF』といった既存の特定ジャンルが好きなのではなく」 というところは私に当てはまるのかもしれない。
が、
「一冊一冊の小説が好き」と言いながら、わざわざ新しいジャンルをつくっちゃうところは、どうも私には納得しかねる。
それに肺病で夭折した文學少女の霊なんかに取憑かれたくはない。基本的に「霊」関係の話は怖くてダメだ。ホラー映画も見られない臆病者。
しかし、しかし……だ。
ガーリッシュなこだわりに満ちた前書きに耐えた後に本文を読むと、そこで紹介されている本は、私の細胞をざわつかせるに足る作品ばかりだったのである。
「文藝ガーリッシュ」の定義づけは著者の千野帽子さん(「ちの・ぼうし」さん。男性だそうです)に任せるとして、私は面白い本を読めればそれでいい。
というわけで、さっそく買ってみたのは、本書の最初に登場する尾崎翠(おざき・みどり)の作品を集めた【尾崎翠集成】の上・下巻でありました。