リリー・フランキー【東京タワー オカンとボクと、時々オトン】 

たまに東北新幹線に乗って東京へ行くと、電車の窓から見える広告の多さに驚く。ビルの窓に貼りつけられた文字、壁の看板、屋上のネオンサイン。車内に目を転じれば中吊り広告。電車を降りれば駅構内のいたるところにポスター。「ご自由にお持ちください」と表示されたPR誌やパンフレットの類。これだけ街に広告があふれていたら、互いを打ち消しあって宣伝効果なんて全然ないんじゃないか?

東京だけじゃない。仙台だってそうだし、東北新幹線が走っていく田んぼの中にさえ、「酒は○○」とか「日本一の△△米」とか、立ってるんだよ。看板。あんなものを見ても私はその酒を買わないし、いつも食べる米の銘柄を変えない。それでも広告はありとあらゆる隙間を埋めつくす。

下りの新幹線では眠っている人が多い。たとえば大手ビールメーカーの広告が車内に貼り出してあっても、誰の目にもとまらない。飲み物やお弁当をカートに載せた売り子がやってくる。車内販売のビールはバカ高いと知っているから、誰も手を出さない。

日本中が広告であふれているなら、そのぶん経済活動も活発であればいいのに、「景気が上向いている」という言葉を少しも実感できない。私は新幹線を降り、商店街を通って自宅へ帰る。この商店街は「シャッター街」と呼ばれて久しい。開かないシャッターに貼りっぱなしのポスターが風でピラピラ揺れる。

無意味な文字や色の洪水が、固まって、乾いて、こびりついて、ただ褪せてゆく。知らず知らずのうちに人の心はうっすらと疲弊の色に染まる。形ばかりで中身のないもの、無意味なものに私たちは倦んでいる。

そんな中、リリーさんの本は真正面から「オカンへの愛」を堂々と謳いあげ、人々の疲れた心を涙でぬらした。



オトンは家庭を顧みず、長いこと別居状態。オカンと「ボク」には、ちゃんとした家がなく、親戚宅や貸間を転々とする。家族の形は変則的だが、オカンが「ボク」に注ぐ愛情は不純物なしの本物である。

その「ボク」は高校から一人暮らしを始め、東京の大学に進むが、オカンの目のないところで学校をさぼり、仕送りをパーッと使い果たしてアパートの家賃を滞納する。どうにか大学は卒業したものの、やりたいことが見つからないからという理由でズルズルとフリーター生活を送る。お金がない。消費者金融に手を出す。つきあっている女性に借金をする。オカンにも送金を頼む。



テレビで見かけるリリーさんは「繊細な感受性の持ち主」という印象で、こういう人が生き馬の目を抜くビジネスの世界で企業戦士をやれるとは思えず、まあ就職しなかった気持ちもわからなくはないが……結果的にはオカンの重荷を増やすことになったわけで、その点は感心できない。

私の古い知人にもいたのよ、こういう人。お母さんのことは大好きなのに、お金の使い方は凄まじくルーズで、あちこちから借金をしまくり、つきあう女性にも借金を申し込んだあげく、ちゃんと返せずにコソコソ逃げて、大好きなお母さんの前に二度と顔を出せなくなった人。

ただし、のちの「ボク」は生活が安定し、オカンに出来る限りの親孝行をしようと努めるから、私の知っている大バカ野郎とは天と地ほどの差があるのだが……。若き日のリリーさんの姿に、どうしても私は大バカ野郎の姿を重ねてしまう。

放蕩息子のために工面したお金を送るオカンの苦労は並大抵ではない。夫も実家も頼れず、自分しか頼るものがない。オカンが頑張るのをやめたら、オカン自身の生活も、息子の生活も成り立たないのだ。



映画を見たり本を読んだりして「泣く」という行為は気持ちがいいから、クセになる。

先日、私は映画を見に行って泣いた。そして帰宅後に「泣けるドラマ」を探してテレビをつける自分に気づいた。それってやっぱりまずいんじゃないだろうか? いくら映画やドラマだとはいえ、泣くために他人の不幸を待ち受けるのは、やっぱり変じゃないだろうか?

リリーさんのこの本は、うちの母がたまたま買ってきたものを読ませてもらったのだが、「この本はなぜベストセラー街道を長いこと驀進しつづけたのか? この本のどこに『泣き』のツボがあるのか?」という目で文字を追う私がいた。つまり私は、リリーさんのオカンに不幸の波が打ち寄せるのを待っていたのだ。


結局、私はこの本を読んで泣かなかった。泣けなかった。泣いてはいけないと思った。

オカンは苦労をしたくてしてるわけじゃない。まして、人々に涙を流させようと思ったのでもない。たぶん泣きたかったのはオカン自身だろう。苦労せざるを得ない状況に置かれて、とにかく行動する以外に道がなかったのだ。

本当の苦労を知らずにノホホンと生きる私のような人間が、ちょっと心が疲れて「泣きたい気分だから」なんて言ってこの本を読むのは、リリーさんのオカンに対してとても失礼なことではないだろうか。

この本が「泣くほどの感動を呼ぶ本」であることを知らずに、たまたま読んで泣けちゃったという話なら別だけど。

誰かに「なんか泣ける本ない?」ときかれても、たぶん私はこの本を勧めない。

そんなお手軽な本ではないよ、この本は。



東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
リリー・フランキー (2005/06/28)
扶桑社

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[2006/11/03 11:47] ら行の作家 | TB(43) | CM(11)