中学生の雅也は、悪質ないじめに堪えかねて自殺を考える。大きな木の枝にロープをかけたとき、どこからか歌が聞こえてきた。子供の声だ。
勢いをそがれた雅也が見上げるその木は、樹齢1000年といわれる大きなクスの木だった。
評価=☆☆☆☆ (5つ星が最高点です)
雅也のエピソードが「いい話」っぽいので、この木はいじめられっ子の心のオアシスなのかと思ったら、大間違いでした。
クスの木の周囲でくりかえされる人間たちの日々の営みは、じつに陰陰滅滅たるものです。
戦時中には年端もゆかぬ少年が空襲で命を落とし、侍が闊歩した時代には、ちょっとしたことで殿様のご機嫌を損ねた下級武士が腹かっさばいてお詫びする。いつの時代も人間たちは哀れな理由で互いの首を絞め合っています。
これらのエピソードは断片的に、さまざまな時代を飛び越えながら語られます。しょっちゅう場面が切り替わるので、ちょっと目まぐるしい感もありますね。
それを1000年にわたって冷ややかに見おろしているクスの木が本書の主人公ということになるでしょう。
伊坂幸太郎『死神の精度』でも、死神の「千葉」が人間たちを見おろしているのですが、クールなようでいて、どことなく優しさがあります。
しかし本書はクールなんてものじゃありませんね。木は人間を癒さないし、罰しもしない。お前たちは勝手にするがいい、こっちはこっちで生きていくから、という感じで人間たちを完全に突き放しています。それどころか微かな悪意さえ感じさせます。

小説に登場する探偵たちはカッコいい。美人の秘書を従え、警察がお手上げの難事件を見事に解決する。ルックス的には弱いと思われる金田一耕助でさえ、「金田一先生」と呼ばれて尊敬される。
しかし現実の探偵が殺人事件の捜査に加わることはない。依頼されるのは浮気調査や家出人さがしなど警察が介入しないデリケートな問題の解決である。金田一みたいに「優秀な探偵」として顔が売れてしまったら仕事がしづらいわけで、そういう意味では優秀な探偵にはなれない。
主人公の「俊平」は、フィリップ・マーロウのようなクールな探偵に憧れ、ブルックスブラザーズのスーツを着こみ、小説と現実との深い溝を埋めるべく探偵稼業に奔走する。
依頼される仕事は主に行方不明のペット探し。勝手きままな小動物を追って、木に登り地べたを這いまわるうちに、せっかくのスーツが台無し。マーロウは遠い。
さて俊平がダイナマイト・ボディの美人秘書を求めて募集をかけたところ、やってきたのは「片桐綾」という女性であった。綾の風貌は俊平の希望とは少し(というか、かなり)隔たりがある。しかし綾は毎朝オフィスへ出勤するようになり、俊平の意志を無視して秘書のポジションを得てしまった。
こうして俊平&綾コンビは誕生したが、主な仕事がペット探しであることは変わらない。やはりマーロウは遠い……。
そんな彼らは期せずして殺人事件に巻き込まれてゆく。
アマゾンのレビューや本書の裏表紙でアオっているとおり、「笑い」と「泣き」が売りのハードボイルド小説。
くすくす笑える場面は随所に見られるが、「泣き」のほうはどうかなぁ……。感涙にむせぶというよりは、高齢化の問題とか、人間の都合で捨てられる小動物をどうするかといった問題を目の前に突きつけられて、ややプレッシャーって感じかな。
しかしエンディング前のアクションシーンはなかなか大がかりで、ハラハラさせてくれます。
探偵の「俊平」には、劇団ひとりをキャスティングしたい。
