西日が強く照りつけるマンションの一室と現金を遺して父が死んだ。遺言により、娘はマンションを、母は現金を相続した。娘の「まちる」は、せっかくだからとマンションへ引っ越し、初めての一人暮らしを体験する。
第26回すばる文学賞受賞作『ハミザベス』と、書き下ろしの『豆姉妹』を収録。
長いこと密着して生きてきた母と娘、あるいは姉と妹が、そろそろ別々の生き方をしようかなと思う過渡期を描いた、と言っていいのかな。
畳1畳ぶんの○○とかランタレとかSMとかアフロとか、わけの分からん小道具がやたら目につくけど……ベースは結構いい話だと思うよ。のっぺりした話のようで、ちゃんと情感や起承転結があるし。
ただし人によって好き嫌いが分かれそう。
なお、畳1畳ぶんの○○とランタレについては、詳しい説明を控えます。マジメに書いたら変なトラックバックとかコメントが殺到するかもしれないので。(どうかコメントとトラックバックは「真っ当なもの限定」でお願いします)
気になるかたは本書をお読みくださいまし。

島育ちのテルミーが東京で流しの仕立て屋を始めたのは、シナイちゃんのおかげだ。ついこの間までシナイちゃんの部屋に居候していたが、彼への恋心を抑えられなくなって逃げ出した。
一針入魂。ミシンは使わない正真正銘の「お縫い子」テルミー。
テルミー、かっこいいよ。
布を裁つのに型紙なんか使わない。採寸しないこともある。
テルミーいわく「服の上からでも、よく観察すればどれだけの布の分量が必要かわかる」そうだ。目測でジャキッとハサミを入れて失敗しない。というか、最初の一裁ちで失敗したら失敗作をつくるしかない、そうだ。
それにテルミーには家がない。「流しの仕立て屋」は依頼者の家に居候して服をつくる。
上京直後はシナイちゃんの部屋に居候し、シナイちゃんのためにドレスを縫い上げた。シナイちゃんに本気で恋しているからドレスも素晴らしい仕上がりになった。本気で恋しているけど、シナイちゃんの心はテルミーを観ていない。そう最初から悟っていた。
絶望と欲望にひきさかれそうになって、テルミーは「この部屋から出ていこう」と決めた。
ちょっと真似のできない潔さ。
私はお裁縫が全然ダメだし、心配性だから家のない暮らしなんて無理だけど、私たち、ごく普通に地味に暮らしてるつもりでも無駄なものって山のようにあるでしょう?
テルミーには無駄なものがない。余った布もゴミにしない。
その代わり哲学がある。一区切り読むたび説得力に打たれる。
こんな布の裁ち方って現実に可能なのかな、とか、テルミーって16歳だけど現実の16歳はこんなにしっかりしてるかな、とか考えないこともないけれど、そういう細かいことは、どうでもいいや、と思った。
わずか79ページの中に、テルミーの半生、テルミーの人となり、テルミーの哲学、テルミーの息づかい、とにかくテルミーのすべてが詰まっている。
読み終えた後、79ページしかなかったことが信じられなかった。
同時収録の『ABARE・DAICO』も悪くないけど、私にとっては『お縫い子テルミー』があんまり良すぎて、『ABARE・DAICO』の印象が霞んでしまいました。
ちなみに『お縫い子テルミー』は第129回(2003年上半期)の芥川賞候補作だそうです。
……候補作。じゃあ受賞はしてないんだ。
調べてみたら、その回の芥川賞候補は以下の5作。
絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』
栗田有起『お縫い子テルミー』
中村航『夏休み』
中村文則『遮光』
吉村萬壱『ハリガネムシ』
受賞作は吉村萬壱の『ハリガネムシ』でした。
この中では『イッツ・オンリー・トーク』しか読んでないから内容を比較できないけど、「お縫い子テルミー」は初出が集英社の雑誌で、文藝春秋ではないから受賞の可能性は低かっただろうな。
業界内のパワーゲームで決まる賞なんて面白くない。
ただ自分自身の魂と一冊の本との出会いを大切にしたい。
