「けっこん、おめでとう。花」
「ありがとう、淳悟。……いま、傘をぬすんだでしょ」
手足の長い痩身を安物のスーツに包んだ40歳の腐野淳悟は、傘盗人なのに落ちぶれ貴族のように優雅だ。いっそうつくしい、と言いきってもいいとさえ花には思えた。
花は小学4年のとき災害で家族を亡くし、淳悟のもとに引き取られて養女となった。北の町で暮らす二人が、ある出来事を経て東京へ転居し、花は24歳になって、明日、結婚しようとしている。
越えてはならない一線を越え、身も心も絡め合うようにして生きてきた父と娘の過去に遡る衝撃の物語。
評価=☆☆☆☆☆ (5つ星が最高点です)
隣家の屋根も、庭の木々も、家の前に駐めた車も、こんもりと雪に覆われ、すべてが夜の中で黒い大きな影になって落ちかかってくるような冬の底で、こういう本を読むと、モラルかインモラルかの判断はともかく、人肌の温もりと、そこから離れるときの冷ややかさが、はっきり身にしみてきます。
大災害によって家族を一度に失った花。そのとき差し伸べられた男の手をどうやって振り払うことができるでしょうか。
孤独に凍りついた男が温もりを求めてきたとき、手を差し伸べずにいられるでしょうか。
もちろん人として越えてはいけない一線があることは彼らも承知のはずで、淳悟はわきあがる衝動に逡巡するし、24歳の花は幼い頃の自分の行為を嫌悪して、淳悟から離れることを決意します。
二人の出会いは幸運であり、不運でした。
そこから細く長く紡ぎだされる二人の暮らしは、美しくも汚らわしい、冷たくて温かい、互いに矛盾する色合いを同時に帯びています。
最後まで読んでも明かされないままの謎がいくつか残りますが、かえって読み手の想像をかきたてるようで、不満感はありません。
むしろ彼らの「欠損」を事細かに説明されると興ざめでしょう。
ミステリー的な読み方は野暮です。現実的にあり得るかどうかと考えると疑問が生じる点もありますが、こういう世界観の小説なのだと割り切って、謎解きよりも情緒面を読みとるべき。

新宿と鳥取を行き来しながら執筆と読書にいそしむ日々。
2006年3月号から2007年2月号まで、
〈Web ミステリーズ〉に掲載した読書日記をまとめた本。
ちょっと前まで桜庭さんを男性だと思っていた私です。はい。すみません。桜庭さんは女性です。
たいへんな読書家です。もちろん作家だから本を読むことが仕事の一環であるわけですが、それにしても1日に2冊とか平気で読んじゃうみたいです。お風呂で1冊、寝る前に1冊……というふうに。
そして桜庭さんはイケメンが苦手だそうです。苦手というか、美しい男性を見ても「この人はイケメンだ」というふうに思わないみたいです。
イケメンのインタビュアーの前で、
「イケメンはほとんど書きませんね。たまに出てくることがありますが、たいがい泥棒です」と応え、インタビュアーが微妙な反応を見せた――というくだりがありまして、笑いました。
けど、自分をイケメンだと思う男性って微妙だな、とも思いました。
しかし鏡を見れば自分の美しさに気づかないはずはない。イケメンのとるべき態度って難しい。
「イケメンはほとんど書きません」などと言われて動揺したら自分が自分をイケメンだと思ってることが露呈して相手に「うぬぼれてやがる」と思われるかもしれないから特に反応せずにニュートラルでいよう、と一瞬にして考えて態度であらわす――
――なんてのも文字にすると奇妙だな。
やっぱりイケメンは誰に何と言われようと、たとえ桜庭さんの小説に正義の味方として登場できなくても、面倒くさいことを考えずに「おれはイケメンだぜ!!」と堂々としているのが正しいのかもしれません。

製鉄所を営む「赤朽葉(あかくちば)家」に嫁入りした万葉(まんよう)。学はなく、文字も読めないが、千里眼を持つ不思議な女。万葉は4人の子供の母となり、やがて長女の毛毬(けまり)は瞳子(とうこ)という娘を産む。鳥取県紅緑村の旧家に生きる三代の女たちを描く物語。
これは有吉佐和子【紀ノ川】の換骨奪胎なのかなと思いました。
おばあちゃんは旧家の伝統を守りながら戦争の時代を生き抜き、家族を支えるけど、昭和生まれの娘とは価値観が合わないし、孫の代になると尚更わからないことが増える。それでも自分らしさを失わずに晩年を迎える――といった話で、とにかく戦争を境にして日本が大きく変わり、おばあちゃんが変化にどう対応するのか(あるいは対応せずにいるのか)というところがポイントだと思います。
【赤朽葉家の伝説】では、戦争のほかにもう一つ「バブル経済の崩壊」というポイントがあります。
昭和初期から平成にかけての歴史のミニチュア版を作りこみ、そこに万葉や毛毬や瞳子といったキャラクターを配置して、うまい具合に箱庭ができてる、という印象を受けました。ミニチュア版だから迫力とか説得力はちょっと足りない気もします。
しかし万葉は千里眼を持つ女。その目に断片的に浮かぶ未来の出来事が、連続ドラマの「次回予告」みたいな効果を発揮し、引きずられるように読み進みました。
ただ万葉の若いころの話は少し説明的でもあり、むしろ長女・毛毬の話のほうがバカバカしくて面白いです。
毛毬はバイクで暴走行為をくりかえす典型的な不良少女でしたが、夭逝した兄に代わって赤朽葉家を支え、そのうえ物のはずみで売れっ子漫画家になってしまいます。
漫画描きで忙しい毛毬は、影武者をたてて対外的なことを任せ、ろくに相手の写真も見ないまま婿とりを決めます。結婚式を挙げた夜、「先生は?」「初夜!」とアシスタントたちの声が飛び交う中、夫を寝床に引きずり倒します。
そうして12年もの長期連載を続けた漫画『あいあん天使(エンジェル)!』は、もちろん毛毬の若かりし日々の武勇伝を描く作品で、出版社にとってはドル箱といえる人気漫画になりました。
毛毬は人生を一気呵成に駆け抜けますが、その娘の瞳子(とうこ)はバブル経済崩壊後の閑散とした赤朽葉家で、自分の生き方に迷います。
万葉の第1部、毛毬の第2部のあと、瞳子の人生を描く第3部では大事件が起こりません。瞳子は「昔あったかもしれない殺人事件の謎を解く」という課題を抱えていますが、緊迫感は薄い。
第3部はなくてもいいんじゃないかと思ったほどですが、緊迫感も山も谷もない、のっぺりした瞳子の人生こそ、バブル崩壊後の時代の空気を象徴しているとも考えられます。
まあ私は昭和に青春時代を送った人間なので、年齢の近い毛毬に肩入れしたくなるのでしょうね。でも暴走行為はしませんでしたよ。真面目ひとすじ、地味な青春時代でした。自分で言うんだから本当です。ええ、本当ですとも!
さて本書を映像化するならば、テレビ朝日の金曜の深夜ドラマの枠でどうでしょう。
そして本書を3分割してコミックス化し、ドラマ終了まぢかにドーンと発売。視聴者プレゼントもありで。
第1部「万葉の森」編。
第2部「あいあん天使(エンジェル)!」編。
第3部「トーコの瞳」編。
ドラマ化は第2部のみ。第1部、第3部まで含めると長くなっちゃうので。
番組タイトルは「あいあん天使!」としたいです。
妄想キャスティング。
「赤朽葉万葉」 高畑淳子。

「赤朽葉毛毬」 中澤裕子。
