男は黒髪の乙女を追いかけて、夜の先斗町を、下鴨神社の古本市を、学園祭でにぎわうキャンパスを、ひたすら歩きつづける。しかし男の恋路は常に邪魔者どもに阻まれ、彼女の視界に入ることさえままならぬ。
純情一路の男と黒髪の乙女の運命やいかに。
この男と女って「出会っていない」状態なんですよね。まだ物語は始まってないわけですよ。これで小説を書いちゃうなんて凄いですね。
それに夜の京都に突如として「満艦飾の三階建電車」が現れたりして、なかなか奇抜です。表紙イラストがその三階建電車らしくて、これを見てたら『となりのトトロ』のネコバスとか、『千と千尋の神隠し』に出てくる湯屋を思い出しました。
でも同じような作風で何冊も書きつづけるのは大変でしょう。
ボキャブラリーや想像力が豊かで、読書量も人並みはずれ、「書きたい」という情熱にもあふれている。それらに比べて、書くべき材料が少ない、そんな感じがいたします。
作家さんって本当に大変です。人気が出れば執筆依頼が殺到し、書き続けなければなりませんが、書くためには自分の中に新しいものをどんどん取り入れていかねばなりません。
もちろん作家に限らず、どんな職種でも、働く時間と勉強の時間が要る。そして人間ひとりひとりに与えられた時間は限られている。少年老い易く学成り難し。
乙女と呼ばれる年齢をとっくに通過した私の実感でございます。
というわけで本とは関係ないことばっかり書きちらして今回は失礼いたします。お粗末でした。

京大農学部で遺伝子工学を研究していた男が、研究対象を「水尾さん」に変更した。研究停止の宣告を受けつつも決然として己の意志を貫く「森本」の華麗なる妄想と男汁にあふれた日々。
この小説は書き出しから考えると、いちばん最後の締めの文はある程度、決まってくるんじゃないかしら。
つまり、「結末はどうなるのっ!?」というハラハラ感でひっぱられて読み進む本というよりは、薄ぼんやり見えた結末に向かう途中の「妄想」を楽しむ本でありましょう。
主人公「森本」の暮らしは基本的に地味。それを妄想という衣で包んで小説が出来上がってしまうのは、やっぱり著者の技ですね。
ただし、台所などを徘徊する黒くてテカテカした、最初に「ゴ」のつく名前の小さな生き物が死ぬほど嫌いなかたは、お読みにならないほうが無難かと思われます。
私もこの手の生き物は得手ではありません。
また、本書の重要なファクターである「妄想」を楽しめる人と楽しめない人がいるかと思います。
まるでエビフライの衣をはがすかのような暴挙におよび、「なーんだエビが小さいよ」などとほざく私は完全に後者です。
「エビ+衣」でないとエビフライはエビフライとして成立しないのです。失礼いたしました。
とはいえ最近とみに評判の高い作家さんではありますし、他の作品にトライしてみようと思っています。