明治33年。実之(さねゆき)は一高合格をめざして予備校へ通うため、そして行方不明の父を探し兄の不審死の謎を解くため、郷里を離れ東京に出た。
不慣れな街を歩き回って調べを進める実之の周囲に、東京炎上を夢見る危険な男たちの影がちらつく。
第52回江戸川乱歩賞受賞作。
ものすごく前置きが長いんです。なかなかストーリーが見えてこない。というか、あえて「見せない」ようにしてミステリアスな雰囲気をかもし出してるのかな。
「明治の東京案内」だと思えるかたには素敵な読書のひとときとなる、かもしれません。(保証はいたしかねます)
私ですか? 私は気が短いほうだからなぁ。こういう本はちょっと辛い。
実之がろくに勉強せず探偵ごっこに熱中してることも気になって、「そんなんで一高合格なんか無理だろ!」と叫びたくなりました。
東京炎上を夢見る男たちの動機も弱いですし。男たちの背後に何かとんでもなく邪悪な組織でもあったりすると面白いんじゃないかな。
とはいえ江戸川乱歩賞って枚数規定が厳しいんですね。この本の巻末にありますが、決まった枚数を超えると失格だそうです。
邪悪な組織まで書いちゃったら長くなるかな。いや、前置きをもっと短くすれば……などと、推理小説なんぞ書けないくせに妄想しちゃいました。

怖かった。
ごく日常的な場所に、切り落とされた手首が静かに置いてあるという場面そのものが、まず怖い。
それ以上に、
この手首が発するオーラが怖い。そのオーラは本書に登場する人物を行ってはならぬ方向へ引きつける。さらに本書を読む私までもが引きずりこまれてしまいそうな気がする。
そこへベテランの刑事や温厚な精神科医が登場したら、ふつうはホッと一息つけるものだが、本書に限ってはそんな安心感がない。
つくづく『水戸黄門』の人気の理由を再認識した。
世の人々がすべて、善と悪の2種類に色分けされた世界。お娟ねえさんの入浴シーンと、助さん格さんのアクションと、黄門様の印籠さえあれば、すべての問題が解決する世界。
それは揺るぎない安心感に満ちている。
対して本書は、安心感が足元から崩れるような、ふだんから見慣れた景色が急に色あいを変えるような、得体の知れない不安感に満ちている。
しかし、いったん本書に手をかけたら、最後の1ページまで読み通さずにはいられない。
面白いかどうかで言えば間違いなく面白いが、強くお勧めはしたくない――とくに感受性の強いかたには。
それでも図書館や書店で本書に出会って、「読もう」という気になってしまったら、私は止めないが……。
「この本を読んだせいで眠れなかった」と言われても、責任はとれないので、あしからず。