幼いころからモデルとして活躍し、やがて芸能プロダクションに所属して人気タレントの座に登りつめた18歳の「阿部夕子」。親の期待、プロダクションの期待、スタッフの期待、ファンの期待を一身に背負って、ドラマや映画どころか私生活までマスコミに垂れ流し、タレント生命をつなぐ。
周りの期待にそって行動することに慣れきっている夕子の人生は、他人が敷いたレールの上をジェットコースターに乗って走るようなものだ。脇道にそれることはできないし、景色を眺める余裕もない。
そんな夕子が受験のため芸能活動を休止した。これまで見えなかった景色に目をやったとき、夕子の中に初めて自分自身の欲望が生まれる。周りの期待を振り切って欲望のまま走り出した夕子を、大きな落とし穴が待ち受けていた。
ストーリー自体は特に斬新とは思えない。私たちが抱いている「芸能人って、芸能界って、こんなもんだろう」というイメージとほぼ一致している。でも読んでいると、ときおりヌメヌメしたものが私の手にふれてくるような感触がある。
それは女性週刊誌のグラビアページのヌメり感に似ている。私は女性週刊誌が嫌いだ。自分でお金を出して買おうとは思わない。美容院の待ち時間に仕方なく読むことはある。でも読み始めると、けっこう真剣になってる自分がいたりして。
夕子が落ちてゆく穴の中には、人間の欲望というヌメヌメした液体が満ちている。そのヌメヌメは私の中にもあって、くだらないとか嫌いだとか言いながらも芸能人のスキャンダルを面白がっている。
一般人は面白がるだけで済むが、当の芸能人はタレント生命の危機にさらされる。私たちが「あのタレントさん、今あんまりテレビに出てこないよね。どうしてるだろうね」などと語り合うときも、そのタレントはこの世のどこかで生きていて、日々の暮らしを立ててゆかねばならない。
人生の残酷さを身をもって学んだ夕子のもとへ、週刊誌の記者が訪れる。夕子は取材に応じた後、記者の腕を妖しい手つきでなでる。熱っぽくてヌルリとした手の感触が読み手にリアルに伝わるような、この場面は圧巻。
史上最年少で芥川賞を受賞した綿矢りさちゃんの本を初めて読んだ。本当は「綿矢りさ先生」とお呼びすべきだろうが、著者の顔写真がまー可愛らしいこと。まさに文壇アイドルである。
その作風は芥川賞作家には不似合いなほどエンタメ的であった。ストーリー性があって、けっこうわかりやすい。読んでいて映像が頭に浮かぶ。
妄想キャスティングしようかなーと思ったら、これは上戸彩の主演でとっくに映画化されていた。
ドラマでスチュワーデスとか大学生とかを演じている上戸彩ちゃんが、いまさら高校生役というのもどうかと思うけど、実年齢は18歳なのよね(2006年現在)。
それはともかく。
本書は、主人公の「朝子」が高校生でありながらインターネットでエロ系アルバイトをするという話である。
その書き手が文壇アイドルとなれば、これはもう世の殿方の本能を微妙にくすぐるであろう。そもそもネットの世界でエロいチャットなどを楽しまれる御仁は、「可愛い女の子が卑猥な言葉を発する」という状況に淫乱な妄想をかきたてられるものと思われる。
ただし本書におけるエロ的な要素は、いわばカレーに添えた福神漬のような脇役だから、女性の皆様も本書を読むのに躊躇する必要はない。
ヒロインの「朝子」は素行の悪い子ではない。そこそこ真面目に勉強をしているが、精神的な疲れを感じて学校に行かなくなった。そんな折りに出会った小学生の男の子にエロいアルバイトの話をもちかけられ、おもしろそうだからと引き受ける。
そんなアルバイトの話を小学生がもちかける時点で「ちょっと待てよ!」と言いたくなるし、朝子が学校に行かない理由も、アルバイトを始める理由も、いかにも軽い。
(でも小学生だから朝子もOKするんだろうね。スケベオヤジに「アルバイトしない?」と誘われてもOKする気にならん)
私の高校時代は、「すんごい真面目な子」「そこそこ真面目な子」「ちょっと悪い子」「学校に来なくなっちゃう子」と、大まかなカテゴリーがあった。まぁ田舎の公立高校だから、都市部の高校とは違うかもしれないが、うちの学校では「そこそこ真面目な子」が、さしたる理由もなく登校拒否をするなんてことは、まず有り得なかった。
学校に来なくなるのは、本書に登場する「少しグレ気味な女子」の「松本さん」みたいな子だった。そんな子は髪の色や制服の着方が明らかに他の生徒と違う。大まかなカテゴリーの中で、「学校に来なくなっちゃう子」と、それ以外の子との間の線引きだけは明確なのだ。
ふと気がつくと「最近、あのヒト学校に来てないね」ということになり、するとクラスメートが「ああ、退学したんだってよ」と教えてくれて、私は驚いた。「そこそこ真面目な子」の私にとって、退学や登校拒否は別世界の話だった。
本書で、朝子が学校を長く休んでいることに気づいた母親が、涙ながらに
≪
「いじめられてたの?」 ≫
と尋ねるシーンがある。私は朝子よりも母親に近い年齢だから、この気持ちは理解できる。私の意識では、登校拒否は重大なことであり、登校拒否をする子には何か重い理由を探したくなる。
だが朝子にしてみれば、重い理由も何もありゃしない。不具合のあるコンピュータを再インストールするかのごとく、朝子は疲れた自分をインストールしなおしたかっただけなのだ。(だからって学校を休んでもいい、どんなアルバイトをしてもいいという話にはならないが)
こういう意識の対比が鮮やかに描かれていて、まぁ朝子に感情移入はできないけれど、興味ぶかく読める作品であった。
この文庫本には、表題作【インストール】のほか、【You can keep it.】という短篇も収められている。
クラスメートとの無用なトラブルを避けるため、やたら贈り物をする主人公が、贈り物をしたことで逆にトラブルを生じて困惑する話。私の脳内では、主人公である大学生の「城島」を瑛太が演じてくれた。

【インストール】のほうが面白さは上かなと思うけど、こちらも悪くない。