高樹のぶ子【百年の預言】 

年末から年始にかけて、中山可穂【ケッヘル】高村薫【リヴィエラを撃て】、そして本書と、ヨーロッパを舞台とする女性作家の小説3作を読んだ。

【ケッヘル】は恋愛がメイン、【リヴィエラを撃て】のメインはスパイの暗躍で恋愛は脇役。

【百年の預言】は、恋愛・ルーマニアの歴史・音楽と、メインディッシュを山盛りで3品、目の前にドカンと置かれたかのようなボリューム感。



1989年に東欧諸国の社会主義体制が崩壊したとき、ドイツでベルリンの壁が壊され、人々がお祭りのように浮かれ騒ぐ姿をテレビで見た。それで私の中では東欧革命が穏和に進んでいったイメージがあるが、ルーマニアは違った。国民が暴動を起こして軍と武力衝突し、ときの大統領チャウシェスクは銃殺刑に処せられた。お祭り騒ぎどころか流血の惨事である。

革命前のルーマニアはチャウシェスクの独裁国家で、人々の生活は苦しかったが、秘密警察というものがあり、大統領に対して批判めいたことをうっかり口に出せない張りつめた空気に満ちていた。



そんな中、ルーマニアの音楽家たちは次々と国外へ脱出する。オーボエ奏者のセンデス・ヴォイクも、さきに姉が出国したこともあり、国を出る決心をした。だが手を貸してくれるはずの人物が姿を消す。秘密警察に追われているのだろうか。センデスは苦難につぐ苦難の末、ようやくウィーンに入った。

人目を忍んで暮らすセンデスを訪ねてきたのは、二人の日本人。オーストリア大使館につとめる外交官の真賀木奏(まがき・そう)と、バイオリニストの走馬充子が、センデスの姉からの預かり物を持ってきたのである。

所持金の乏しいセンデスは、ルーマニアの実家から持ち出した秘蔵の楽譜を二人に見せ、「これを買ってくれないか」と持ちかけた。



走馬充子は理屈よりも感情が先走る女だ。深く考えずに「ロマンを買うわ」などと言って楽譜を買った。

真賀木奏は充子に心ひかれているが、充子の突飛な言動にとまどう。だが、充子の中では既に恋が始まっていた。人影のない路上で、いきなり充子から「キュス・ミッヒ!」だもんね。えーと、これはドイツ語かな? 日本語では「キスして」だが、あえて日本語で言わないところが、なんというかムズがゆい。

とにかく充子に押し切られる形で関係が始まった。真賀木は充子を「ミッコ」と呼び、充子は真賀木を「マキ」と呼ぶ。こういうのもムズがゆいと言えば途方もなくムズがゆい。



だが真賀木の心は微妙だ。先妻との悲しい別れがあって恋に積極的になれないが、充子はイノシシのように突進してくる。真賀木は常に一歩うしろへ退いたような精神状態。それが充子には不安でたまらない。

充子は不安なままでいるのが辛いから、微妙な関係を自分から断ち切ろうとする。真賀木にすれば説明したいことは山ほどある。しかしその口を封じて、充子のほうから「ミッコ、失恋したのかもしれないね」と言い出してダダっと走り去る姿は、まるで少女マンガのヒロインである。アホか。ちなみに充子の年齢設定は40歳前後というところか。こういう女って結婚はできないだろうなー。



二人の気持ちが揺れ動く一方で、充子がセンデスから買いとった楽譜の謎が深まる。

バイオリニストの充子と、少々バイオリンの心得がある真賀木は、楽譜を見て「これは楽曲の体を成していない」と思う。しかしこの楽譜には、ルーマニア革命の鍵となる重大な秘密が隠されていた。充子と真賀木は期せずして革命の渦に巻き込まれてゆく。



だから「ミッコ」「マキ」なんて脳天気に呼び合ってる場合じゃないんだってば。

楽譜をめぐる謎の話、それにつながる革命の話は実に興味ぶかい。充分に満足感がある。そこへさらに真賀木と充子の恋模様が濃厚に展開し、もう腹いっぱいである。

しかもミッコちゃんときたら、真賀木との関係がおかしくなるとセンデスによろめく。さすがの真賀木も穏やかではいられない。真賀木は真賀木で男前だから、大使館の仕事を手伝っているビエナ佐藤という若い女性に熱く見つめられたりする。そんなに男女関係を複雑にしなくてもいいと思うけどな……。



小説の中ほどに、エッセイふうの「東欧旅行記」みたいな章が置かれ、ここだけは著者の高樹先生の視点で書かれている。それまで充子や真賀木の視点で語られてきた物語が、いきなり著者の視点に切り替わるので、けっこう戸惑った。この章の結びは、うまい具合に物語の世界へつながっているから、違和感というほどのものはないが……。読み手の好みが分かれるところだとは思う。

文体も、全体的に小説というよりはレポートみたいな感じというか、高樹先生の東欧に関するご講義を拝聴してるみたいな気がしないでもない。どっぷりと物語にひたろうとすると、時折ふっと覚めるんだよね。

でもルーマニアの人たちにとって革命はものすごく重い出来事だったわけで、それを私たち日本人が表面的に理解し、勝手にロマンを感じて浮かれるのは、やっぱり不謹慎だな……と思う。やや覚め気味な感じで読んでいくのが正しいかもしれない。



さて本書は朝日文庫と新潮文庫から出ているが、私が読んだのは朝日文庫のほう。

新潮文庫よりも表紙デザインがはるかに素晴らしい。


百年の預言〈上〉 百年の預言〈上〉
高樹 のぶ子 (2002/03)
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百年の預言〈下〉 百年の預言〈下〉
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[2007/01/17 11:05] 高樹のぶ子 | TB(1) | CM(0)

高樹のぶ子【HOKKAI】 

高島北海という人を知っていますか? 私はこの本を読んで初めて知った。

北海は画家である。本名は得三。この本の表紙にあるのが北海の絵。

が、手元の電子辞書を引いても「高島北海」や「高島得三」では出てこない。

フランスの芸術家エミール・ガレの項に、「留学していた画家高島得三を通じて日本美術の影響を受けた」とあるだけ。しかも雅号の北海ではなく、本名のまま。有名な画家と呼ぶには微妙なところ。



さて小説の主人公は北海ではなく、女流作家の「矢野沙代子」である。こっちは架空の人物ね。

沙代子は39歳。一人で食べていける程度の稼ぎはあるが、もうひとつ上のレベルに行きたい。高島北海の評伝小説を書いてみないかという話があり、これで勝負をかけようと思う。

北海のひ孫にあたる「河村直二郎」という男性を紹介され、北海について取材をするうちに、直二郎と恋仲となった。



沙代子は直二郎と北海をダブらせて見ている。北海に恋しちゃっている。思い入れがある。

しかし直二郎は、曾祖父の北海を直接には知らないものの、自分の血縁にあたる人物が小説でドラマチックに書かれることには抵抗がある。

そりゃそうよね、と沙代子は思う。でも小説だから、事実をそのまま書くのではなく、省略したり強調したりすることは必要だ。

では北海についての事実のうち、どこを省略し、どこをどんなふうに強調するか。そこに作家としての格闘があるわけ。



北海は明治政府の官僚としてフランスへ渡った。画家としてではない。

墨絵が得意で、自身も画家になりたいという気持ちをひそかに持っている。3年間のフランス滞在中に賞をもらいもするが、エミール・ガレや黒田清輝が全身全霊で芸術に打ち込む姿を目の当たりにして、自分の能力や生き方に疑問を抱く。



平凡だが安定した日常の世界と、劇的で非凡な芸術の世界。二つの世界のはざまで生きる作家と画家の姿が興味ぶかい。五感に訴えかけてくるようなイメージ豊かな文章もいい。

北海は江戸時代末期に長州で生まれた人物だが、だからといって司馬遼太郎みたいな小説世界を期待して読むと、あとあと辛いのでご注意を。

フランス芸術、とくにアール・ヌーボーに興味のあるかたにお勧め。




おまけの妄想キャスティング

「河村直二郎」に沢村一樹。高島北海との二役で。

目が大きくて二重で、眉が濃く、長身で、ちょっとエロキャラの直二郎は、この人で決まりです。

沢村一樹





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[2006/10/15 11:58] 高樹のぶ子 | TB(0) | CM(0)