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雑誌記者の高坂昭吾が稲村慎司に出会ったのは、台風が接近しつつある夜のことだった。 激しい暴風雨のなかで行方不明者が出た。現場に残った黄色い傘。その持ち主はどこへ消えたのか。生きているのか死んでいるのか。事の真相を語る慎司。だが証拠はない。警察に話しても、まともに取り合ってはもらえまい。高坂は判断に迷う。 慎司は人の考えを読みとれる超常能力者(サイキック)か、それとも詐欺師か。どちらとも分からぬまま、高坂は新たな事件に巻きこまれる。 1992年の第45回日本推理作家協会賞(長篇部門)受賞作。 評価=☆☆☆☆ (5つ星が最高点です) 恋愛は始まったばかりのころが一番たのしくて、「あのひとは私のことをどう思っているのかしら……」なんて考え始めると辛くなります。すると相手の表情や言葉の端々から気持ちを読もうと必死になってみたり。 相手の頭を二つに割って脳みそを見るわけにもいかないし(割ったら犯罪だ)、超能力で気持ちを読み取れたらいいのに――などとバカバカしいことを考えた時期が、この私にもありました。 しかし本書を読むと、超能力者の恋愛もなかなか厄介であることがわかります。相手の気持ちが見えすぎて困るのですね。 口では「あなたが好きよ」と言いながら心では別の人を思っているかもしれないし、好きなのは「あなた」ではなくて「あなたの財産や社会的地位」かもしれない。それがサイキックの力で分かれば不幸を回避できるかもしれませんが、たとえ善良な人間であれ本音と建前があるもの。本音と建前が100%一致する人間を探すほうが大変。 恋愛的なやりとりを省いて風俗店などでコトを済まそうとしても、応対する風俗嬢が「あーやだやだ」と思っていたり、すごく暗い境遇を背負っていたりするのが見えたら興ざめでしょう。 本書では、「相手の気持ちが見えすぎて困る」「見えるような見えないような微妙な感じ」「相手が自身のことしか見ていない」といった、さまざまな恋愛のありかたが提示されます。 当然ながら見えすぎるのも見ていないのもダメで、「見えるような見えないような微妙な」二人が一番いい方向へ進み、しみじみとした読後感を残します。 本書はジャンルとしてはミステリーで、サイキックの稲村慎司少年が事件解決に向けて頑張りすぎるほどに頑張りますが、なにせサイキックだから事件の真相が見えちゃう。推理する必要がないんですね。ミステリー的には意外にあっさりしているなあ、という印象です。 むしろ私は恋愛小説的な読み方で楽しめました。 妄想キャスティング。 雑誌記者の「高坂昭吾」に、小澤征悦。  サイキック高校生の「稲村慎司」に、三浦春馬。  稲村慎司のサイキック仲間に松山ケンイチをあててみたら、すごくイメージが合いましたが、これじゃあ映画『デスノート』の「L」そのものって感じですね。 とても「サイキック並み」とは呼べぬ私の妄想力でございます。失礼いたしました。 
東京都内で起こった連続女性誘拐殺人事件。奔走する刑事たち、犯人像を追うフリーライター、被害者家族と加害者家族の苦悩。 それらを高いところから見おろす犯人の冷酷な視線。 読後の印象を一言で言えば、ものすごく精緻に作られた箱庭みたいな小説、かな。 まず殺人事件が起こり、犯人が事件の関係者を自分の好きなように箱庭に配置し、それを上から見て面白がっている姿があります。 で、この犯人が警察に追われたり、事件の関係者が苦悩したりする様子は、もちろん著者の手で作られた虚構という名の箱庭。現実の世界そっくりの、よく出来た箱庭で、「力作!」と絶賛すべき素晴らしい作品だと思います。 箱庭とか鉄道模型とかジオラマとか、ああいうものって見てると飽きないでしょ。ただ、あくまでも箱庭は箱庭であって、現実の世界とは別物。 まず気になったのは、利発な子供が鋭い言葉を発したり、鋭い感受性を発揮して異様な状況に気づいたりして、事件の解明に一役も二役も買うこと。現実には絶対ありえない――とは言わないけど、確率は低そうです。 宮部さんの作品では現代ものでも時代小説でも、「聡い子供」の登場率が高いですね。そこに宮部作品の面白さの一端があると思うから、否定はしません。 否定はしないけれども、現実との乖離を感じてしまう。 それに犯人の精神構造がすごくもろい。知能が高いやつで、なかなか弱点を見せないけど、ある一点を突かれるとボロボロボロボローっと一気に崩れてしまう。 もちろん犯人がいつまでも崩れず、弱点が一つもなかったら、怖くて仕方ないけどね。とくに私なんか怖がりだから、たとえ本の中のことでも眠れなくなります。 だから崩れてくれて大いに結構だし、その場面は痛快でさえあるのだけど、こんなに簡単に事件が終わったら、だれも苦労はしないなあ……と思うわけです。 そして事件は終わっても、被害者が生きて戻ってくることは絶対にない。被害者の遺族が浴びるように酒を飲む姿は悲痛でした。 この作品は既に文庫化されていますが、今回は単行本の上・下巻2冊を中古で買って読みました。きめこまかく作りこまれた、たいへん素晴らしい作品ではあるものの、結末に救いを感じることはできず、これを二度は読めないなぁと思います。 妄想キャスティング。 本書はSMAPの中居くんの主演で映画化されているので、読むと初めのうちは中居くんの顔が浮かび、テレビCMなどに登場する中居くんを見て胸騒ぎをおぼえるほどのアホな妄想読書人ぶりを発揮した私です。 しかし上巻を読破して下巻にさしかかるころには、オリエンタルラジオの藤森さんに変わっちゃってました。知的な役、藤森さんは結構ハマりそうな気がしますが、いかがでしょうか、テレビ業界の皆様。 
江戸・深川の料理屋「ふね屋」をめぐる悪しき因縁に、十二歳の娘おりんが挑む。人情とミステリーとファンタジーをあわせた、宮部みゆきお得意の時代長篇小説。 でも前にもこんな作品あったよね。いたいけで聡(さと)い子供が、大人顔負けの推理力と調査力を発揮して大活躍する話。 【孤宿の人】とか。【日暮らし】とか。 世間の人々はこういう小説を宮部みゆきに求めているのかな。 まあ私も嫌いではないんだけどさ。同じ傾向のものが続くと、やっぱり飽きる。当分のあいだ「聡い子供モノ」は封印してもらえないかなぁ……。 「だったら最初から買うなよ!」って話だけど、うちの母が宮部みゆきファンで、どうしても読みたいわ、と申しまして。しかしその母さえも今回は「うーん。なんだかねぇ……」という鈍い反応。 それも先に【孤宿の人】や【日暮らし】を読んじゃった我々だから思うことであって、生まれて初めて宮部みゆきを読む人ならば、また反応は違うのかもしれない。 でも妄想キャスティング的には大いに楽しめた。 小粋なお兄さんを気どる若侍「玄之介」に、小栗旬。  ほんとうに小粋で婀娜(あだ)な姐さん「おみつ」に、木村多江。  NHKの木曜時代劇にどうでしょうか。
作家・宮部みゆきと女優・室井滋の対談集。 室井滋が日本テレビ『雷波少年』で演歌歌手に扮してアジアを旅した話が出てきたり、宮部みゆきが室井滋との初顔合わせで「あ、『やっぱり猫が好き』のレイちゃんだ。ビデオ持ってますよ」と喜んだりするから、けっこう古い本ではある。 ちなみに私も、フジテレビ『やっぱり猫が好き』は大好きでした。 古い本だが、 宮部みゆきの創作の舞台裏を知るという意味では興味ぶかい一冊。 宮部さんは飛行機がお嫌いなのね。必要に迫られれば飛行機を利用はするが、旅行そのものがあまりお好きではないらしい。 そういえば宮部みゆき作品で「国際舞台で暗躍するテロリスト」みたいなキャラを見たことがない(私が知らないだけか?)。最新作【名もなき毒】も舞台は東京である。東京から出ても「近郊」程度で、大阪や仙台などに行くことはない。 せまい行動範囲の中で、いろいろな物や人を見て想像をめぐらし、ベストセラーを次々と生み出す。宮部さんはそういう作家である。 また、エッセイでベストセラーを連発する室井滋が女優らしい想像力を駆使してミステリー小説に挑戦し、宮部みゆきの助言を仰ぐ章もあり、これまた非常に興味ぶかい。 ミステリー作家と女優の内面には、凡人には計り知れぬ想像力が激しく渦を巻いているらしい。
んー。これは妄想キャスティングが難しい。 私の中では、「ビジュアル的に面白くて妄想キャスティングしやすい小説」があり、「妄想なしで文章を読むだけで心にじわじわ沁みる小説」というのもある。 【名もなき毒】は読むだけで沁みるタイプの小説だけど、もし映像化されるなら――ということで脳みそを酷使して考えました。 杉村三郎一大財閥「今多コンツェルン」会長の娘・菜穂子と結婚し、逆玉の輿に乗った男。今多コンツェルンの社内報「あおぞら」編集部に勤務している。お人好しで、自分とは関わりのない事件に首を突っ込みたがる。妻を愛してはいるが、うっすらと「これでいいのか?」という疑問を抱いている。 筒井道隆。 杉村菜穂子今多会長と愛人との間にできた娘。心臓肥大ぎみで病弱。一児の母。聡明で明るい女性。 紺野まひる。 (ドラマ『小早川伸木の恋』に出てた人です) 原田(げんだ)いずみ「あおぞら」編集部の契約社員。まったく仕事ができないくせに、叱られると言い訳し、びーびー泣き、解雇を言い渡されると逆ギレして暴れる怪獣のような女。 中越典子。 (この可愛い顔でキレたら怖いよなぁ……) 秋山省吾新進気鋭の社会派ライター。主人公の杉村が何かと世話になる相手。 海東健。 (ドラマ『海猿』に出ていた。NHK大河ドラマ『義経』にも出た。個人的にはけっこう好み♪) 
宮部みゆきの現代ミステリーを新刊で買って読んだのは久しぶりだ。 いろいろなことを忘れてた。宮部みゆきの本を買うと、『大極宮』のパンフレットがはさみこまれてることとか。 (パンフレットによると大沢在昌はダイエット合宿を敢行したらしい。なんだよ大沢先生、しばらく前にテレビで見たときはカッコいいと思ったのに、ダイエットかよ……) この【名もなき毒】という作品が、実は仙台の新聞「河北新報」に連載されていたことも忘れてた。 (北海道新聞、中日新聞、東京新聞、西日本新聞、中國新聞にも時期をずらして連載された) うちは読売と河北を購読しているので、【名もなき毒】だって新聞で読もうと思えば読めたのだ。しかし私は新聞の連載小説を毎日かかさず読むことができない怠け者である。 それ以上に問題なのは、 宮部みゆきが書く現代ミステリーの面白さを忘れてたこと。 私は宮部みゆきの時代小説が好きで、「宮部の現代ものは大したことねーや」とナメてかかってたところがある。 宮部先生、ごめんなさい。面白いです。【名もなき毒】。 リアルな話と嘘っぽい話のバランスがよく、読後感も必要以上にジメジメしていない。 ただ悲しいだけ、ただ腹立たしいだけで物語が終わらず、うっすらと「前向き感」がある。あまり前向き感が強すぎると、私は逆に嘘くささを感じてダメなので、うっすらと、でいい。 しかしアマゾンの読者レビューを見ると、いろいろ批判もあるようだ。 たとえば、同じ宮部みゆきの『模倣犯』や『火車』といったハードな現代ミステリーと比べて、【名もなき毒】は良くないぞ、といった意見とか。 でもねぇ……皆さん。そんなに暗くて重くて救いのないようなミステリー小説ばっかり読んでて面白いですか? 「面白いよ」と言われてしまうと身もフタもないけど。 私も重くてシリアスな小説は読むけれど、結末で何か救いの光みたいなものが見えないと、けっこう辛い。 今の世の中が相当にシリアスな状況だってのに、読む本まで重苦しさ一辺倒では嫌だ。 それこそ「毒」である。 新聞やニュースを見れば毒々しい事件が山ほどある。しかも「普通の人」が犯罪に走る。 【名もなき毒】では、連続無差別毒殺事件が起こる。犯人の動機は軽い思いつきだったり、情緒の不安定さだったり、生活苦だったりする。 主人公の「杉村三郎」は、あまりにもお人好しであるがゆえに、事件に首をつっこんで調査を始め、そのあげく家族を危険にさらすことになる。 杉村の家族は、妻の「菜穂子」と一人娘の「桃子」。 菜穂子の父親は、今多コンツェルンという大財閥の会長。 杉村三郎と菜穂子が結婚した経緯については、【誰か】をお読みになった方はご存じかと思う。杉村はいわゆる「逆玉」に乗った男で、一家が住んでいる家は菜穂子が父親から受け継いだ資産の一部である。 こんな恵まれた環境にある一家でも、「毒」に侵されることはあるし、杉村三郎もあまりにも恵まれすぎているがゆえに、いろいろと思うところがある。 宮部みゆきがきめ細かい筆致で描き出す、人々の心のひだ。 「こういう人たちはそもそも庶民とは違うんだよ」「嘘っぽい話じゃねーか」と突き放さず、じっくり読んでみていただきたい。
表紙の絵だけ見て、「この小説は超能力もの?」と思ったが、読んでみたら違った。何事も決めつけや思いこみはいけない。 これは超能力を持たない、ごく普通の人々が登場する短編集。 ごく普通の人々が、 ・たまたま入ったコンビニエンスストアで強盗事件に巻き込まれた。 ・電車の中で、たまたま手帳をひろった。持ち主に返してあげようと思う。 ・たまたま出会った人に「じつは殺人事件の計画が……」と打ち明けられる。 ・失恋のショックで自殺を思い立ち(おいおい!)、死ぬ場所を探していたら、なんだか困った様子の少年に出会った。 ――といったシチュエーションに置かれて、物語が展開する。 この本に登場する人々は、犯人でも被害者でもなく、第三者の立場で事件を眺めている。 つまり、犯人の荒れた心情とか、犯人を追う刑事の激しい執念といった、濃厚でシリアスで衝撃的なものが、この本には出てこない。 しかし人々は事件を眺めることによって、ひとつの予感をおぼえる。それは、自分の心の奥に抱えた問題が「良い方向に向かうかもしれない、解決するかもしれない」という予感。 ほわっとした、やわらかい読後感がある。 でも、ミステリー小説に激しい刺激を求める読者には、物足りないかもしれない。 正直なところ、私も「もうひとひねり、欲しいなぁ……」と思った。小説というよりも、ちゃんとした小説になる前の「ネタ帳」みたいな感じもした。宮部みゆきさんにきいたわけじゃないので、本当にネタ帳なのかどうかはわからない。しかし「この短編をもとに、のちの長編小説が生み出されたんじゃないかしら」と思える部分が、ちらほらとある。 昔からの宮部みゆきファンにとっては、「宮部みゆきの歴史」を知るうえで重要な1冊、かもしれない。(もし違っても責任は持てないけど)
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