森絵都【いつかパラソルの下で】 

ヒロインの「野々(のの)」は25歳のフリーター。「達郎」という男と同棲しており、パワーストーンの店でアルバイトをしている。


達郎には噛み癖があって、それは遠慮がちな猫の甘噛み程度のものにすぎないけれど


そんなふうに小説は淡々と書き出されるが、アホな私は「あ? 野々が飼ってるペットの話か?」と思ってしまい、これが野々と達郎のベッドシーンだと気づくまで少し時間がかかった。



肌にからみつくジェルをシャワーで流しながらふと見ると、ふくらはぎの裏にはくっきりと彼の歯形が残っていた。


……ん? ジェルって何ですか? 達郎くんが髪につけているものか? それが女の肌にからみつくとはどういうことか。しかも


ふくらはぎの裏に男の歯形。


いったい2人はどのような体位でコトに及んでおったのか?



ここには野々という女の「歪み」を示す重要なポイントがひそんでいる。詳しくは本書で読んでいただきたいが、しかし森絵都って巧いね。やっぱりプロだね。ごく普通のカップルの幸せな性行為と見せかけておいて、重要なところを巧みに隠しているわけだ。

では、なぜ野々が「歪んで」いるのか。それには野々と父親との関係が影響している。あまりにも厳格で潔癖すぎる父に育てられた野々は、その反動で「恋愛ベタで床上手な女」となってしまった。

床上手で恋愛上手、とはならないところが哀しい。

野々は淫乱な女ではない。普通の性行為ができないことを引け目に感じ、テクニックでカバーして男に楽しんでもらおうと努めているだけだ。それがマイナスに作用して恋愛がうまくいかなくなることもある。

父のせいなのだ――と野々は心のどこかで思っている。



その父が交通事故で死んだ後、父の浮気相手と称する女性が現れた。

あの厳格な父が浮気だなんて! 野々と兄の春日(かすが)と妹の花(はな)は事実を受け入れることができない。

野々たちの母はショックで気力をなくし、情緒不安定となる。身体のあちこちに痛みを訴えて何度も病院へ行くが、どこも悪いところは見つからない。

しかし本当に浮気の事実はあったのだろうか。疑問を感じた3人きょうだいは、死んだ父の過去を探りはじめる。



きょうだいのうち、春日と花は積極的に行動するが、野々だけは乗り気でない。父の過去を探ることは、自分の心の弱いところに触れることだと察知しているからだ。

野々は兄と妹に引きずられるようにして、父の古い友人に会うため伊豆へ行き、さらに父の故郷の佐渡島へ向かう。

それは3人にとって物理的な意味の「旅行」であり、もちろん「父の足跡をたどる旅」であり、さらに「自分の心の中を探る旅」でもあった。



私にも恋愛ベタな女という自覚があり、また父との関係に思うところは多々あって、本書を読みながら私自身の心を見つめさせられているような――というか、生きながら解剖されているというか、そんな気分になった。

痛くはない。ただ胸にスーッとメスが入れられ、私のなかにある劣等感だとか、罪悪感だとか、過去の出来事に対するさまざまな思いとか、そんなものが一つ一つ取り出されていくのを見るような感覚。



では、私の中の「よからぬもの」を取り去ってくれるのかというと、そんなことは全然ない。

「あなたの心の中にはこんなものがあるのよ。わかったでしょ」と言われて、取り出したものを全て元どおりに戻されるだけ。



さて野々たち3人の旅はどんな結末を迎えるか。ここでは詳しく書かないが、けっこう明るい、とだけ言っておこう。

「よかったよかった」と本を閉じて、さあブログにはどう書こうかなぁと考えて、まとまらないから後で考えることにして、ご飯を食べてテレビを見て笑って、お風呂に入って、またボーっと本のことを考えた。

そして私は少し泣いた。



解剖手術の効果は、しばらく経ってから現れるものらしい。




いつかパラソルの下で いつかパラソルの下で
森 絵都 (2005/04/26)
角川書店

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[2006/09/28 12:33] 森絵都 | TB(26) | CM(9)

妄想キャスティング――森絵都【風に舞いあがるビニールシート】 

ヒロイン「里佳」の妄想キャスト案について、ご意見をお寄せくださった皆様、誠にありがとうございます。

こちらに追記として掲載させていただきました。



さて、妄想読書人ぱんどら自身の考えがようやくまとまった。

しかし「妄想キャスティング」には正解がありません(なぜって、それは「妄想」だから)。皆様それぞれのお考えを否定するつもりは全くございません。それぞれに妄想読書をお楽しみくださいませ。



英語が堪能で、ふくらはぎがきれいな「里佳」には、高野志穂。


高野志穂



ロンドン在住の経験があり、英語力は間違いなし。

バレエをやっていたということで、きっと脚もきれいだと思う。

最近、あまりテレビで見かけないが……。



たかだか素人の妄想ではあるが、この記事が何かのきっかけとなって、さらなる飛躍を遂げてくれたらと思っている。




風に舞いあがるビニールシート 風に舞いあがるビニールシート
森 絵都 (2006/05)
文藝春秋
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[2006/07/25 13:56] 森絵都 | TB(4) | CM(2)

森絵都【風に舞いあがるビニールシート】 

私は誰も愛したことがない。

男性とおつきあいした経験はあっても、「そこに愛があるのかい?」と少し昔のドラマの台詞みたいなことを問われると、「あるよ」と断言できる自信がない。

過去の恋愛は終わったことだ。今更どうしようもないのはわかっている。しかし記憶だけは鮮明にある。相手の連絡先が携帯電話のメモリーに入ったままかもしれない。メールはパソコンを探せば出てくるだろうか。つないだ手の感触が残っている。身体の悦びを覚えている。

一番うれしかった日のことを思い出すと、その後には必ず、一番にがい思い出がよみがえる。映画のDVDのように、決まった場面だけが何度も何度も再生される。

あのとき、ああすればよかった。こんなことを言わなければよかった。もし、あのときこうしていれば。あんな言葉を吐く前に、少し考えていれば。

相手に求めることばかり多かった。自分から与えたものはどれほどあったのか。愛するどころか傷つけてばかりいたのではないか。しかし、いくら後悔しても脳裏によみがえる映像を修正することはできない。「彼の昔の恋人でした」なんてとても言えない。私は誰も愛したことがない――



「愛しぬくこともできなかったのに」と自分をとがめ、「愛されぬくこともできなかったのに」と自分を嗤(わら)うヒロイン「里佳」の心情に、ちょっと胸を衝かれた私である。

里佳は国連難民高等弁務官事務所に勤務している。「ふくらはぎから足首にかけての美しいライン」を、同じ東京のオフィスに勤める「エド」に見初められ、結婚。里佳は東京での勤務をつづけるが、エドはテロが多く治安の悪い地域での「フィールド勤務」に赴く。

2人の住まいは白金台のマンションで、里佳は周囲にうらやましがられる反面、エドが心配でならない。

エドの仕事の中身はよく知っているし、難民を助けずにはいられない強迫観念めいた気持ちがエドの中にあることも、よくわかっている。そういう理解が、心配によって押しつぶされる。やがて2人の気持ちは隔たり、離婚を決意する。そして2人は久しぶりに心やすらぐ一夜をすごすのだが、離婚を決めた後に来る安らぎって、あまりにも悲しい。その後エドはアフガニスタンへ赴任し、暴漢に襲われて命を落とす。

東京で悲報を聞いた里佳は、長いこと立ち直れずに悔恨の日々をすごすのである。



バツイチのエドをその気にさせて妻の座を得ようとする女の小ざかしい計算。

エドの高い年俸と、見た目には華々しい「国連の専門職員」という地位への執着。

殺風景だった自宅のリビングを、「温かい、家庭的な城」に変えようとする悪あがき。

そこに愛はあったのか。エドを本当に愛していたのか。そもそもエドのような男性と結婚したことは正しかったのか。

仕事に身が入らない里佳の目を覚まさせるべく、上司はひとつの「荒療治」を提案する。



基本的には恋愛小説だけれども、そこに難民の問題をからめて、甘さ苦さ辛さのバランスが絶妙。変に技巧的なところもないし、すごく安定感がある。

これが本書のタイトルになっている『風に舞いあがるビニールシート』。これを含めて本書には6編が収録されている。

「直木賞の傾向と対策を研究しつくして書かれた」と言われ、本当に直木賞を受賞した作品だが、それも納得。素人がナマイキ言っちゃ失礼だけど、


うまい


の一言に尽きるのである。



さて妄想読書人ぱんどらは、例によって「妄想キャスティング」を書こうと思ったが、これは頓挫した。

ふくらはぎの美しい女優さんも、「女の情念」をたっぷり演じてくれる女優さんも、キャリアウーマン役が似合う颯爽とした女優さんも、いらっしゃる。

しかし「里佳」と「エド」との会話には英語が必要だ。国連関係の職員なんだから、もちろん英語を話せないとウソになる。

英語が堪能で、脚線美と演技力に定評のある女優さん、いらっしゃいませんか。



≪追記≫

当ブログのお客様から、ヒロイン「里佳」の妄想キャスト案をいくつか寄せていただきましたので、ここに追記として掲載します。ありがとうございます!

・英語力重視。ハリウッドに進出した工藤夕貴。

・脚線美で菊川玲。

・英語力+脚線美。冨永愛。

・英語力と脚線美なら木村佳乃で。

・韓国俳優さん。


妄想読書人ぱんどら自身は未だに決めかねておりますが(べつに決めなくてもいいんだけどさ。妄想だから)、名案を思いついたかたは、この記事に対するコメントとしてお寄せくださいませ。




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森 絵都 (2006/05)
文藝春秋
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[2006/07/18 17:10] 森絵都 | TB(39) | CM(18)