雨と音楽についてのエッセイ。
雨はオスのアメリカン・コッカスパニエル。甘いものと果物に目がない。でも雨はコーラがのめない。
まずタイトルが目を引きます。
空から降るあの雨がコーラを飲むわけがない。いきなり無生物主語で来るか。しかしいくらなんでもプロの作家が奇妙な日本語をタイトルに使わないだろうし、じゃあ何か比喩的な表現なのかと思ったら、なんのことはない、愛犬の名前が「雨」なんですね。
雨ちゃんと江國さんのツーショット写真も掲載されてます。
犬好きのかたにはお勧めのエッセイ本です。
ちなみに私には犬を飼う趣味がありません。なにせ自分という珍獣を飼いならすのに精一杯でございまして(ここ、笑うところですから!)……このような本を読んでも共感できないのが残念です。
唯一、
「ツイストは恰好よかった」というところだけは共感しました。江國さんは世良公則ファンのようです。
ツイストって本当にカッコよかったな。

映画化されて話題になった作品。主人公は恋愛ベタの兄弟。2人とも30代独身。
映画では、兄の「明信」を佐々木蔵之介が、弟の「徹信(てつのぶ)」をドランクドラゴンの塚地武雅(つかじ・むが)が演じた。このキャスティングは最高だな、と小説を読む前から思っていた。
そういえば映画は見ていない。DVDはこちら。
こういう小説は「妄想キャスティング読書」入門編に最適。ストーリーが込み入ってないし、登場人物が少ない。すでに映画化されていて主演俳優の顔を知っている。主演俳優の顔だけ思い浮かべて、それ以外のキャストはどうしようか、と自分で考えてみるわけですね。
で、DVDを見て自分のキャスティング案と比べてみると、映画監督の意図が見えてきたり、やっぱり小説と映画は別物なのだと気づいたり、いろいろ発見があるかもしれません。
さて。
この兄弟は恋愛ベタだが、かなりの「生活上手」である。
2人の生活は地味ながらも楽しさに満ちている。映画のレンタルビデオを見るのが好き、スポーツ観戦が好き、本を読むのが好き、ジグソーパズルが好き。どれもこれもインドアの趣味。でも楽しい。満ち足りている。
いわゆる「ひきこもり」とは違い、ちゃんと勤めには行ってるんだから、健全だ。
私も妄想読書を好むインドア派の人間だが、もう少し若い頃は世間なみに海外旅行へ行ったし、スキーを少しやった。でもスノーボードの波が押し寄せてきたので、スキー場から撤退した。
若い頃はどうしても「世間の流行に遅れまい」という意識がはたらくし、世間の人々も「若いもんは外へ出てナンボだろ」という目で見る。だからインドア志向の人間も、背中を押されるようにして外に出る。
それが年齢をかさねると、周りの人々が「人それぞれだからね」と、インドア人間を放っておいてくれるようになる。
まぁ口では「それぞれだから」と言いながら、内心は「家の中にばっかりいるから、出会いがないし結婚もできないんだよ」と毒づいてる場合もある(というか、毒づいてる場合が多い?)だろう。
間宮兄弟だって、ただ家で趣味に興じるばかりでなく、恋愛や結婚のために努力はしている。しかし実を結ばない。
兄の明信には、自分の気持ちをうまく言葉にして表現できないという欠点がある。
弟の徹信は、女性を好きになると猪突猛進する。その女性の気持ちを自分なりに思いやって行動しているつもりだが、じつは何にもわかっちゃいない。
相手の反応が鈍いので、気になって電話をかけてみたりする。これこそ
恋愛ベタが踏む地雷なのである。
相手は「あなたが嫌いです」とハッキリ言うに言えず、このまま反応せずにいれば先方もあきらめるだろうと思っている。ところが猪突猛進型の人間は、心のどこかで「この恋は終わってる」と予感しながらも、それを認めたくない。暴走する恋心を止めることができない。
「ダメならダメってハッキリ言ってください」
相手はこう言うしかない――はい、じゃあ言います。ダメです。
どっかーん。恋の爆死。
ある年の夏、私はマスコミ関係の仕事をしている人を好きになり、高校野球のテレビ中継を地方大会から真剣に見ていた――試合ではなく、記者席を。
もちろんテレビカメラは高校球児が汗だくで打ったり投げたりする姿を中心に映す。記者席はときどき画面の端っこに入る程度だ。しかも、私の好きな人が必ず球場にいるとは限らない。日によっては、同じ会社の別の人が取材に来ることもある。
相手の予定を丸っきり知らない、教えてもらえない、というのは致命傷である。携帯電話が今ほど普及していなかった頃だ。相手の家に電話しても留守番電話が応答するだけで何もわからない。だが、たとえ携帯電話があっても、この恋の状況はかなり悪かったと思う。メールを送っても、電話をかけても、「いま忙しい」と怒られて終わりだったはずだ。
いま思えば、「忙しい」なんてのは、うざったい女を遠ざけるための常套句とわかるが、当時の私は相手の忙しい時期が過ぎるのをじっと待った。
秋風が吹くころ、その人の家に電話した。「忙しい」時期に他の女性と会っていたことがわかった。それなら「他に好きな女性がいる」と言えばいいのに。さらに問いつめると、そもそも私は恋愛対象から外されており、先方にとっては「好きな人がいる」と告げるほどでもない存在だとわかった。
野球で言えば、スタメンに入れなくてベンチに座ってたらファールボールが頭に当たって退場しました、みたいな感じだ。
しかし、けがなら病院に行って手当てできるが、恋愛の痛みはどうしようもない。
≪誰も、何も、助けにはならない≫と江國香織が書いた通りなのだ。
間宮兄弟は、まさに誰も何も助けにならない痛みを何度か経験して、「恋愛ベタ」から「恋愛仙人」の境地に入りかけている。
しかし兄弟には恋愛とは違う「知り合い」というか「飲み食い仲間」というか、そんな淡い人間関係がある。ひょっとしたら恋愛関係に発展しちゃうかもしれない。
これは私を含めた恋愛ベタ人間にとって理想の環境ではなかろうか。
急に恋におちると危険きわまりないし、短期の勝負ではお互いに深くわかりあえない。少し時間をかけて、じわじわ付き合っていけば、恋愛ベタどうしでも何とかなる、かもしれない。
いまフジテレビで放送中のドラマ『結婚できない男』でも、阿部寛が演じる主人公と、夏川結衣が演じる女医は、いがみあってばかりで恋愛関係にはなっていない。が、とりあえず「知り合い」ではあるから、なにかと顔を合わせる機会が多い。互いの距離をじわじわ縮めてる感じがある。まぁドラマだから最終的にはハッピーエンドでまとめるんだろうけど。
現実には、ああいう淡い人間関係ができるのは、恋に落ちるより難しいかもしれない。
淡い関係から結婚・恋愛に発展するかどうかは本人の心がけしだい、だろうし。
とりあえず私は、間宮兄弟のような「生活上手」をめざして楽しく生きたいと思っている。
短編集である。
この中の『デューク』という作品は、大学入試に出題され、ドラマ化もされたらしい。
受験生が試験中に問題文を読みながら涙した――と新聞の広告欄には書いてあったが、あくまでも「広告」であるから、半分ぐらい割り引いて読んでおこう。
というか、試験中に泣いてる人は、
集中力が足りないと思うぞ、うん。
受験生うんぬんはともかく、ものすごく乙女チックな作品なので、こういうのが好きな人は泣けるかもしれない。また、ものすごく犬好きな人にもお勧めできそうだ。
私はどちらでもないのでNGでした。
全国の江國香織ファンの皆様には申し訳ないが、
本には相性があるということを声を大にして申し上げておきたい。
ただし、『デューク』はNGだったものの、『桃子』は幻想的というか谷崎潤一郎的というか、こういうのは私も嫌いではない。
……これ以上のコメントは控えます。江國ファンに袋叩きにされるのも嫌だから。
江國香織の【間宮兄弟】は読んでみたいな。
私は「面白そうだ」と思う本を、ジャンルを問わず読む人間である。では、どんな本を「面白そうだ」と思うのか。そこが、世の本たちにとって、ぱんどらの書棚に入るための第1関門だ。
でも理屈ではうまく説明できない。タイトルや表紙から何かピピッとくるものがある、としか言いようがない。そんな選び方だから、食わず嫌いの本も多い。「雑食系読書人」と自称しているくせに我がままである。矛盾している。
これまで江國香織の作品は「食わず嫌い」であった私だが、世間では人気の作家らしいし、まずはエッセイから恐る恐る(べつに恐れる必要もないが)読んでみることにした。
江國さんは原稿を手書きするそうだ。これはけっこう驚いた。
私なんか、しょっちゅうパソコンばかり打っているから、手書きで長い文章なんか書けない。でもTOEICの勉強をするときは鉛筆を持ってノートに向かったりするね。あと、年賀はがきの住所も手書き。
そうすると、筆記用具を持った右手の小指から下が、黒く汚れてしまうことがある。横書きだとそれほど汚れないが、縦書きのときは、かなり気になる。だから右手の下に下敷きをあてる。
江國さんも原稿執筆中はシャープペンを持った手の下に下敷きを置くそうだ。
そして江國さんは、シャープペンシルとかシャーペンという言い方が嫌いだ。「原稿はどうやって書いていますか」と質問されると、「鉛筆で書いています」と答えるとのこと。
じつは私も「シャーペン」という言い方は好きではない。
ちかごろの学生さんは、就職活動を「しゅーかつ」と言うそうだが、それも実は嫌いだ。だって新発売のコンビニ弁当みたいでしょう。しゅうまいとトンカツが入ってる「しゅーかつ弁当」。
でも、けっこう美味しそうだ。「しゅーかつ弁当たべて、がんばれ就職活動!」なんてね。売れたりして。(売れないって)
細かいことを言えば「コンビニ」という略語もどうかと思うが、「コンビニエンスストア」ではスの字が2つ続いて言いづらいからね。「コンビニ」でいいか。
もっともっと細かいところでは、「彼氏」とか「飲み会」という言い方も、本当は好きではない。
「彼氏」は、それに代わる単語がないので、やむをえず使っている。
「飲み会」は、キーボードで打ち込むだけなら平気だが、話し言葉としては使わない。「今日は友達と飲みに行く」とか「今度みんなで飲もうよ」とか言う。
だからといって江國香織さんと私が「うんうん! そうだよね!」なんて激しく共感して友達になれるかというと、それも違う気がする。
私は蝶の標本に「ルラメイ」と名づけないし、1日に何度もお風呂に入るような不経済なことはしない。「りぼん」という単語をひらがなでは書かない。絶対にカタカナで書く。
そんなことは、世間の皆さんから見れば、「取るに足りないこと」なんだろうけど。
江國香織【とるにたらないものもの】
集英社文庫 440円
