文庫本の表紙の見返しや、単行本の巻末に書いてある「著者紹介」を読むのが好きだ。
名前だけ見ると「男性かな?」と思われる作家が実は女性であったり、著者と私の生年が同じであることを発見して奇妙に親近感を持ったり。いろいろ発見がある。
なかにはプライバシーを明かしたくない作家さんもおられて、生まれた年と書いた本しか記されていないこともあるが、いしいしんじの場合は、京都大学を卒業したことや、三浦半島の突端と信州に居を構えていることが明記されている。インターネットで「ごはん日記」を公開していることも書いてある。
いしいしんじって家が2つあるんだな。売れっ子の作家さんはすごいなぁ。でも三浦半島と信州を行き来するって、けっこう大変じゃない?――そんな疑問を抱いて「ごはん日記」にアクセスしたが、タイトルどおり食事の記録が中心であって、家が2つあることの謎は解けなかった。
その「ごはん日記」が新潮文庫から出たので、買ってみた。インターネットの「ごはん日記」の成り立ちも、居を2つ構えることになった理由も、この本を読めばわかる。三浦半島の突端に引っ越す前は、浅草に長く住んでいたとのこと。そのへんの詳しい事情は本書で読んでいただくとして。
あけっぴろげな性格である。
けっこう変わった人だと思うんだ、いしいしんじって。日記によく出てくる「園子さん」という人のこともよくわからないし。(別にわからなくてもいいんだけど)
それに東京だったら「隣に作家が住んでる」なんてこともあるけど、地方ではそういう可能性って低いよね。へたをすると作家というだけで珍獣あつかいされちゃうかもしれない。
まぁ日記といっても「人に見せることを前提として書く日記」だからさ、珍獣あつかいされたとは書きにくいだろうけど。
本書を読んでいる分には、いしいしんじは近所の人たちと良い交流を持てているようだ。
いしいしんじが家で執筆をしていると、お向かいの家の小さな女の子たちが、「いしいさん! あそぼうよ!」と上がり込んじゃうのだ。仕事中の作家にとっては迷惑な話だが、本気で「迷惑だ!」と思っていたら、とっとと引っ越すはず。女の子たちも「いしいさんは遊んでくれる人だから」とわかっているから、こんなことができるんだろう。
まぁ作家も聖人ではないから、内心では「今日は勘弁してくれよ……」と思う時もあるだろうけど、いしいしんじの作風を考えると、子供たちの言動から得たものを執筆に生かすこともあるのかな。
いや、何か得るものがあるからと計算して子供たちと遊ぶというのではなく、とにかく楽しいから遊んでいて、そこでハッと気づかされることがあるんじゃないだろうか。
しかし子供たちはそんなこと、ぜーんぜんお構いなしで、人気作家のいしいしんじに「ねぇ、お話かいてよ!」と、せがむのである。
(たぶん子供時代の私だったら、ものすごく人見知りだから、たとえ作家が隣に住んでいても、「お話かいてよ」なんて、とても言えない)
で、いしいさんも良い人だから、本当にお話を書いてあげるのね。そして子供たちはプロ作家に書いてもらったお話に、続きを自分たちで考えて楽しむわけだ。
なんという贅沢な遊び。情操教育。
……というか、情操教育になるから作家宅に遊びにいくというような計算ずくの話とは全然ちがう。
そこには、ただ楽しくて温かいご近所づきあいがあるだけだ。
いしいしんじの本を読んだのは、
【トリツカレ男】に続いて2冊め。
なんだか童話みたいな文体で、子供に読ませようかしら、とお思いのお母様がたもいらっしゃるかもしれないが、これは決して
子供向けの本ではないと私は思う。
子供が自分で見つけて読むのは勝手だが、あえて親が読み聞かせをしたり、「これを読みなさい」と指示したりする必要はないと思う。
たとえば、この短編集の中で私が一番好きなのは『図書館司書のゆう子さん』だが、牧歌的な話でありながら、「ゆう子さん」が一種のトラウマを抱えていることは一読してわかる。
ただしトラウマなんて言葉はひとつもない。
(どのドラマだか忘れたが、脚本家の宮藤官九郎が長瀬智也に「トラウマって何だよ? 虎と馬がどうした?」みたいなセリフを語らせたとき、トラウマという言葉の流行は終わった、と思った。ただし心理学の用語ではある)
トラウマとは書いてないけれど、ゆう子さんの心の奥にあった何やら暗いものが、たまたま読んだ本によって引き出されるのはわかる。なぜ、この本があの図書館にあったのか? ゆう子さんは激しく動揺する。ホラー小説的な怖ささえ感じられる。
【トリツカレ男】にしたって、これを読んで理解できる子供は逆に怖いぞ、と思うような話が書いてある。
ひらがなの多い、やさしい文体で、深いことを書く。
それは書き手がものすごく頭がいいからこそ、できることだ。
いしいしんじ。今後も注目していきたい作家であります。
ピンク・レディーの最大のヒット曲『UFO』は、オリコン枚数155万枚、出荷枚数195万枚を記録し、1978年の日本レコード大賞を受賞している。
いま思えば『UFO』って歌詞がすごいと思うのよ。
当時は子供だったから、歌詞の意味など深く考えなかったが、≪飲みたくなったらお酒 眠たくなったらベッド つぎからつぎへと差し出すあなた♪≫って、やっぱり阿久悠は昭和の大作詞家。女心をよくわかっていらっしゃる。
世の女性たち(私を含めて)は「私の気持ち、言わなくてもわかってよ!」と思っているところがある。
女が望むものを察して、次から次へと現実化してくれる男は最高である。
女に「こっちに来ないで!」と思われているのに、それを察することなく、しつこくつきまとうストーカー男は最低である。
そういう意味では、この【トリツカレ男】の「ジュゼッペ」は
最高級かもしれない。
ジュゼッペが恋した少女ペチカは、さまざまな問題を抱えつつ、けなげに生きている。でも外国から来た女の子だから、言葉がわからない。だれかに悩みを相談することができない。相談する相手もいない。
そこで「トリツカレ男」ジュゼッペの登場だ。
いろいろな趣味に「トリツカレ」ると、うまくなるまで一心不乱に練習する。外国語にトリツカレれば、通信教育でバリバリ勉強する。
トリツカレ男は
多種多芸の男なんである。
「そんなの無理。ありえない。オレは通信教育なんか、とっくの昔に挫折した」などと言ってる殿方よ、これは大人の童話なのです。あなたの挫折感は、この際どうでもいい。冷静に文学的な批評とかもしなくていい。
でもジュゼッペは、ペチカに「おれが助けに来たよん♪」とは告げない。こそっとペチカに手を貸すだけ。
ペチカは、なんだか知らないけど奇跡的に自分の悩みが解決した、と思っている。
ジュゼッペの献身は美しい。だが、このままではペチカとジュゼッペの心が通い合わない。
しかしジュゼッペって基本的に「いいやつ」なんである。なんにでもトリツカレて、ちょっとアホっぽいやつだけど、ジュゼッペのためなら一肌ぬぐよ、という人々がたくさんいるのだ。
ジュゼッペの友達の「ハツカネズミ」もナイスキャラ。というか、ハツカネズミくんがいないと物語が成り立たないな。すごく重要な役どころ。
こういう人々+ネズミの手助けと、ペチカ自身の覚醒があって、結末はほのぼのとしたハッピーエンド。
ところで、ピンクレディーのヒット曲『UFO』に出てくる男は宇宙人である。
≪それでもいいわ ちかごろ少し地球の男に飽きたところよ♪≫とミーちゃんケイちゃんは色っぽく締めるのだが、通信教育に挫折した地球の殿方も、好感度の高いキャラクターで人脈を広げ、いざというときに力を借りるという手はあると思うので、日々精進していただきたい。