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以前は明るく元気いっぱいだった夫が、急に元気をなくした。それは現代に特有の小さなつまずきによって導かれた、誰にでも起こり得る「うつ病」のせいかもしれない。 思いもよらず人生の未体験ゾーンに突入してしまった夫の「ツレ」と妻の「てんてん」の日々の記録。 評価=☆☆☆☆☆ (5つ星が満点) うつ病以前のツレさんは、ネクタイのローテーションを「月曜は青の柄物、火曜は緑、水曜は青の細いの……」などと決めていました。 会社へ持っていくお弁当には、「月曜はエメンタール、火曜はゴーダ、水曜はレッドチェダー……」といった順番で好物のチーズを入れたそうです。 こういう人を世間では悪い意味で「生真面目」と呼ぶのでしょうね。 でもネクタイでもお弁当のおかずでも、自分の楽しみを持って何が悪いのか。 自分でチーズを買ってきて自分でお弁当をつくるんですよ。奥さんに「このローテーションを守れ!」と命令するわけではない。誰にも迷惑をかけてない。好きなようにすればいいじゃありませんか。 もちろん、こういう「自分ローテーション」も程度問題です。たまたま何かの事情でローテーションを守れなかったとき深く気にしすぎるとか、自分の考えに固執しすぎるなんてのは、精神衛生上よろしくなさそうですが……。 うつ病の人に「がんばって病気と闘えよ」なんて言葉をかける人は、「おまえの生真面目な部分を治さなきゃダメなんだよ」という気持ちが心のどこかにあるのではないでしょうか。 治すべきは病気です。真面目なことは別に悪いことではない。 本書は地元の市立図書館にあったので、てっきり文字で書かれた本だと思いこんでいましたが、これは漫画です。 ツレさんは何かというと布団にもぐりこんで、「カメフトン」状態になってしまいます。ご本人にとっては辛かったでしょうけど、なんだかカメフトンの絵が可愛らしくて、私には微妙にツボでした。 
幼くして死去した七代将軍の跡を継ぎ、八代将軍となった吉宗は、未曾有の財政難に陥った幕府の再建を期して、「金喰い虫」と呼ばれる華美で贅沢な大奥に大鉈(おおなた)をふるう。 大奥に集められていたのは妙齢の眉目秀麗な「男」たち。吉宗公はもう一つの名前を信(のぶ)といい、自ら武芸を好む勇ましい「女」であった。 男女逆転の大奥で繰り広げられる豪華絢爛なSF大河絵巻。 評価=☆☆☆☆☆ (5つ星が最高点です) むむむむむ。これは…… 面白すぎる。読む前は「きれいな男たちが絡み合ってあんなことやこんなことをっ……えええっどうしよう……!」といった内容を想像しました。ならば最初から買うな、読むな、という話ですけど(笑)。 実際に読んでみると、まぁ中には絡み合う男たちも若干いますし、男女の色恋も描かれますが、それがメインではありません。 ある異変で急激に男子の人口が減少し、婚姻制度は崩壊。将軍家はおろか士農工商すべての階級において女が家を継ぐようになった――という架空の世界のお話。 男たちは子種を持つ宝として大事に育てられますが、貧しい武家では息子を貸し出して一晩いくらで金をとることが公然とおこなわれる。 第1巻では、貧しい家族を救わんと大奥へ奉公に上がった「水野祐之進」の視点で、男ばかりの大奥の概要が描かれます。 水野は竹を割ったようなサッパリとした気性と頭のよさで陰湿ないじめをかわし、また器量のよさで吉宗公に気に入られますが、陰謀にまきこまれて生命の危機に瀕します。 この一件から吉宗公は幕府の将来を憂うと同時に、国全体で男子の数がたいへん少ないことに疑問を感じ、三代将軍のころから書き続けられている大奥の記録「没日録」をひもといて、この国の歴史をさかのぼるのでした。 というわけで第2巻、第3巻と、三代将軍家光の時代に起こった「男女逆転」の経緯が語られてゆきます。 第1巻で陰謀にまきこまれたイケメン水野の話といい、春日局の画策で「家光」を名のらされた女の哀しい半生といい、これはもう 涙なしでは読めませぬ。とはいえ幕府存亡の危機を救う道が他にあるのか。春日局も悪人ではないのです。お家のため国のためを思えばこそ、鬼にもなるわけでしょう。 「没日録」は、おそらく滅びるであろうこの国の様子を最後まで記録せよ――との春日局の遺言によって、吉宗公の時代まで延々と書き続けられます。 第3巻は初の女将軍が凛々しい姿を見せるところで終わり、あとは第4巻の刊行を待つしかありません。 うううっ…… は、早く続きを……!娯楽としての面白さも秀逸ですが、切実な人口減少の問題を前にして女将軍がどんな政治手腕をふるうのか、たいへん興味ぶかいところです。 現実の社会を見れば、少子化・高齢化が進み、物価高で低賃金、年金制度もガタガタ、夜中に病気になっても診てくれる病院がなく、地方の商店街ではシャッターばかりがずらりと並びます。もしや「没日録」を書くべきは現実の私たちかもしれません。 この漫画にこそ苦境を切り抜けるヒントがあるのかもしれないと、希望的観測をしながら続刊を待っているところでございます。 
新年の幕開けに学ぶ、仕事力UPのための「最強の勉強法」。 評価=☆☆☆ (5つ星が最高点です) 最強の勉強法! そんな表紙の文字がコンビニで目について、つい買ってしまった雑誌です。 「計画を立てられない」「始めるのが億劫だ」「三日坊主に終わる」「集中力に欠ける」など、それぞれの症状にあわせた対処法。これが一番よかったですね。 すべての症状にあてはまる私ですが、記事を読んだら少し気楽になりました。 勉強法の具体例として、どこぞの社長さんや、保険会社の営業所長や、コンサルタントなどのケースが出ていました。 しかし家庭教師を雇ったり、電話を通じて講義を受けたりするのは、それなりにお金や環境に恵まれた人々でないと真似できないでしょう。 お金に恵まれてないからこそ、勉強して資格を取得してキャリアアップをはかるのでしょうけどね。 勉強法の研究はほどほどにして、とっとと勉強に着手しようと思いました。 
特集「この人たちの礼儀作法」、小特集「岸本佐知子のヘンな部屋」のほか、角田光代・恩田陸・重松清ら豪華執筆陣による読み切り小説、高村薫のエッセイ、江國香織と古川日出男の往復書簡など、盛りだくさんの内容。 評価=☆☆☆☆ (5つ星が最高点です) 広告はごく少なく(資生堂と森永製菓のみ)、カラー写真もなく、まるで文庫本が巨大化したかのような、とことん「読む」ことに徹した雑誌です。素っ気ないと言えば素っ気ない。 まあ私も素っ気ない読書人でありまして、毎号かかさず【yom yom】を買うほどには愛好してないんだなあ。 今回は高村薫先生のエッセイが載ると聞いて買った次第です。読むだけ読んでブログ記事は書かずにスルーしようかとも思いましたが(冷たいなあ)、全体的に面白かったし、いろいろ気になる点もあったので、以下に列挙します。 ■資生堂のシャンプー「TSUBAKI」の広告には、島田雅彦の「二台のロボットの回想」という短編つき。 ロボットにはシャンプーで洗うべき黒髪なんかないだろうと思うでしょ? ところが、うまいぐあいに「髪」でオチがつく。こういうのは広告とわかっていても許せる。 聞くところによると、「TSUBAKI」には数十億円とも言われる莫大な宣伝広告費が投入されているらしい。テレビCMには主役級の人気女優を何人も出演させ、リリースすれば必ず売れるアイドルグループの曲をバックに流して……。あれを見ると、「このCM制作費がシャンプーの価格に反映されてるんだよなあ」と、つい思ってしまう。 ■横山秀夫の「ヨムヨム秘話」に爆笑。 ■あいかわらず梨木香歩の「家守綺譚」は、いい。今回はほんのり桃色っぽい。 ■角田光代、川上弘美、恩田陸を読み比べる。 角田光代はHな場面を書くけど色っぽくない。川上弘美は生活の一端としてHなことを書く。恩田陸は恋愛感情を書いてもHなことはひとかけらも書かない。 ■高村薫のエッセイは……エッセイというより論文みたい。それが高村先生らしい。 ■小池真理子って高校は仙台なんだね。知らなかった。 ■重松清を読むと、「泣きのツボ」を押されるというより、「泣きのスイッチ」をオンにされて自動的に涙が出てくるみたいな気がする。 ■中野翠「"サ入れ"嫌い」に激しく共感をおぼえた。サ入れ言葉、つまり「させていただく」という言い方のことだけど、最近こういう言い方をする人が多い。というか多すぎる。きっと「させていただく」の濫用を変だと思わない人も多いんだろう。 ■千野帽子はパリにいるらしい(2007年11月現在)。 ■石田千の顔写真を初めて見た。えくぼが深くて、なんかカワイイわ、このひと……。 ■大島真寿美「調和の幻想」。これって読み切り小説なの? いつも登場人物の名前が同じなような気がする。まぁ前号を読んでない私でも内容がわかるのは良いのですけどね。 ■児玉清の書棚がすばらしい。可動式らしい白い書棚の上から下まで本がびっしり。こういうのはすべての読書人に共通する願望ではないだろうか。 ■岸本佐知子の「カブトムシ日記」が面白い。 「うちの網戸がスルメ臭い理由を誰か教えてください」と書かれてもねえ……誰も知らないと思いますが……。 ■恩田陸はこのまえ読んだばかりで満腹だなあと思ったけど、なんとなく読まされてしまう、この巧さ。 巧いけど結末で締まらない、それがまた恩田陸。 ■【yom yom】って編集後記がない。 実は私、雑誌の一番うしろの編集後記を読むのが好きな変人です。 まあ巨大な文庫本だと思えばいいんだよね。文庫本に編集後記なんてないもんね。 
手帳選びから目標&時間管理、情報整理、行動変革まで、2008年の手帳ライフをサポートする。オリジナル手帳ブックレットとTo Doシールの特別付録つき「決定版・手帳活用術」。 「ニュースのキーパーソン」には俳優の小栗旬が登場。 全国の手帳フェチ、文房具フェチの皆様、ご機嫌いかがでしょうか。手帳の季節がやってまいりました。デパートなどの手帳売り場に立ち寄るのが楽しゅうございますね♪ とは申しましても私はシステム手帳派。サイズの決まったリフィルさえ買えば用は済みます。ひところは毎年、手帳選びに頭を悩ませたものですが、やり方が一つに決まれば悩みから解放されて実に気楽なものでございます。 ところが人間というやつはワガママで、同じやり方を続けていると新鮮味が薄れてまいります。 最近、どうも手帳の使い方が粗雑ではなかろうか……と思いまして、自分に活を入れるために買ってみたのが【日経ビジネスアソシエ】でございます。でも買って一番最初に読んだのは、小栗旬が登場する「ニュースのキーパーソン」のページだったりするのですけれど……。なにせ旬くんファンですので♪ ほほほほほ。 食事内容を毎日、手帳に記録することでダイエットに成功した岡田斗司夫さんの事例も掲載されています。岡田さんは著書【いつまでもデブと思うなよ】でご自分のダイエット経験を明かしています。 ダイエットの詳細については上記の本を読んでいただくとして、【日経ビジネスアソシエ】では、食事に限らず「日々の行動を省みるという点で書くことは本当に大切」というふうに話を結び、うまい具合に手帳フェチの心をくすぐっています。 手帳に書くことで成功者の仲間入りをした(とされている)人たちも最近は多いですが、手帳を「きれいに」書くことが成功の絶対条件とは言えないと思います。 グチャグチャ書こうが、手帳なしで頭の中に書こうが、やるべきことを確実に実行できればいいわけです。むしろ「頭の中に書いておく」のが最も理想的でしょう。手帳を紛失する心配もありませんしね。 頭の中に書いておけないからこそ、手帳を「外部メモリー」として使うわけですけれども。 付箋やカラーペンを使ったカラフルな手帳の事例も紹介されてますが、こういう人は成功者かどうかに関わらず、「手帳をきれいに書くこと自体が大好きな人」なのでしょう。 ちなみに私の場合は付箋をあまり使いませんね。いっぱい付箋を貼ってると落としそうな気がして……。文房具フェチであり、心配性でもある私です。 これだから手帳選びが難航するんです。糸井さんの「ほぼ日手帳」も買ってみたけど(あれも悪いとは思わないけど)、何となく合わなくてねえ……。 手帳に関してはもう浮気しません。 
「勝手にキャスティング」や「妄想キャスティング」に大流行のきざし(笑)? ほうぼうの読書ブログを拝見いたしますと、実在する俳優さんを小説の登場人物に当てて楽しんでいらっしゃるかたが少なくないようでございますが…… ついにメジャーな雑誌に登場です。 「いよいよ上橋菜穂子――夢物語の向こうへ」と題した特集記事の中に、 勝手に実写キャスティングというコーナーがあって、なんと上橋先生じきじきのコメントが付いておりました。 生まれたときからテレビを身近にして育った世代の我々にとって、こういう楽しみ方は特別のものではなく、ごく自然な行為と言えるのかもしれません。
白泉社『LaLa』11月号(9月22日発売)より連載開始。 作画は弓きいろ。 白泉社のホームページ個人的には 実写ドラマ化を妄想していましたが、たしかに漫画っぽい小説ではありますので、漫画化は妥当な線でしょう。 絵柄については何も申しますまい。 少なくとも『LaLa』の読者層には好まれる画風かと思います。
今回ご紹介するのは劇画でございます。 たまたま読んだ雑誌で、平田先生のお作が紹介されていたのを拝見し、えらく面白そうなので読んでみました。 いやー面白い。絵も凄い。 一言で内容を説明するなら、「武士の生きざま」ということになりますが、大河ドラマや何かで二枚目俳優が演じるヒーロー的な武士とは少し違うような気がします。あれは様式美ですもんね。 「他のことはどうあれ、これだけは絶対に譲れない」と思う、たった一つのもの。それを守るために武士は戦うのであります。 彼らは決して無敵のヒーローではない。生身の人間であります。 たった一つのものを守るため、空腹に耐え、みっともない姿を人目にさらし、ときには刀を抜いて斬り合わなければなりません。 その姿は凄絶です。 この本は「傑作選」ということで6編を収載しており、どれも凄みを感じさせる作品ばかりですが、とくに面白かったのは『始末妻』。 一介の武士が大名の姫君を嫁にもらう。通常ではありえないこの縁組には事情があった。 姫は強烈な腋臭(わきが)の持ち主である。あまりの異臭に倒れる者がいるほどだ。 夫となった男が自らの鼻をそいでまでも守りたかったものは何なのか。始末したものは何なのか。そして姫君の運命やいかに……。 「人を倒れさすほどの腋臭って、どんだけ〜?」みたいな突っ込みはいいから! とにかく読もう。 池上遼一、本宮ひろ志、大友克洋といった一流の漫画家がこぞって敬愛する巨匠は、ふだんから丁髷(ちょんまげ)を結っておられるとのこと。 先生のホームページにご自身の画像があります。 平田 弘史 HP
小説もピンからキリまであるが、ピンの小説を読んでる人は、そんなもの放り出してしまいなさい。これはスケールの壮大さといい、世界観の深さといい、へたな小説を遥かに凌駕する漫画である。 ある猟奇的な事件に遭遇して以来、7年のあいだ眠りつづける少女「十条青羽(じゅうじょう・あおば)」。 夢先案内人の「渡会時夫(わたらい・ときお)」は、ある筋から依頼を受けて青羽の夢に入った。他人の夢に入って深層心理をさぐり、事件の動機などを解明するのが時夫の仕事である。 青羽の夢の中には「バルバラ」という世界が広がっていた。時夫は、少女の夢とは思えぬ世界の精緻さに驚く一方、いちど足を踏み入れたら二度と出たくなくなりそうな居心地の良さをおぼえる。 そのころ時夫の一人息子「キリヤ」は、青羽とは面識がないにも関わらず、たびたび夢の中で青羽に出会う。しかもキリヤは「バルバラ」を知っているようだ。だが時夫はキリヤとの関係がギクシャクしているせいで、深く問いただすこともできず、困惑する。 猟奇的な事件の裏に隠された十条家の秘密。「バルバラ」とは何なのか。そしてキリヤと時夫との親子関係は修復されるのか……。 個別の問題は様々あって、読み進むごとに明らかになるが、それらを超越し全てを呑み込んでしまうかのようなラストが圧倒的。 そのくせ奇妙な親近感があるんだな。 子供のころの私が、何の根拠もなく、漠然と考えていたこと―― 「いま私が見ている世界は、本体の私が見ている夢かもしれない」 「いつか私は夢から覚めるのかもしれない」 それが漫画になって蘇ったような気がして、衝撃的な内容ながら不思議と嫌悪感はなかった。 ところで、これを読んでから二晩ぐらい、夢をたくさん見た。そして今では連絡も取らないし滅多に思い出しもしない人たちが、夢の中に出てきた。 嫌悪感はないものの、深層心理には多少の影響があるのかもしれない。 こんな漫画は他にはない。
ご存じのかたも多いと思うが、「ほぼ日手帳」は1日1ページずつ書くところがある。私は来年の読書日記用に使おうと思って買ったけど、もともと文房具フェチだから、他人の手帳の使い方にものすごく興味がある。 本書には「ほぼ日」ユーザーの使用例がたくさん載っているのだが、みなさん本当に自由ですな。 ふつうにスケジュール管理ツールとして使う人もいるけど、育児や農作業や趣味などの記録だったり、芸人さんのネタ帳だったり。イラストレーターは「ほぼ日手帳」に日々の情景をスケッチし、高校生は英単語を書く。 各ページに印刷された日付を無視して、ただひたすらメモ帳としてガシカシ書く人もいる。 スクラップブックにする人もいて、いろいろ貼りこむと手帳が分厚くなるから、空白のページは切り取っちゃうそうです。 ちかごろは手帳ブームで、有名人がプロデュースした手帳がいっぱい出まわっているが、それらは「あなたが今お使いの手帳より、こちらのほうが優れていますよ。買い換えませんか?」というアプローチをする。 手帳って普通は1人で何冊も買わないよね。いくら売り手が頑張っても、必ず「選ばれた手帳」と「選ばれなかった手帳」が出てくる。 「ほぼ日手帳」だったら、「いつもの手帳のほかにもう1冊」という買い方がOKなわけよ。試しに買ってみて気に入ったからシステム手帳をやめて「ほぼ日」ひとすじです、という人もいるし。 「とことん自由に使える手帳」なら、日付も入れず、ただ真っ白のほうがいいんじゃないの――とも思ったが、あまりにも自由すぎると人は困っちゃうのよね。 昔、文房具屋で、表紙も中身も真っ白で罫線もないノートを見たことがある。文房具フェチの私はかなり気になったけど、結局は買わなかったな。どういうふうに使っていいかわからないんだもの。 「日付だけ印刷しときますね」ぐらいが一番いいんだろうな。 糸井重里さんは目のつけどころが鋭いね。
私はモノ好きである。 「好奇心が強い」という意味の「物好き」ではなくて、文字どおり「ものが好き」なのだ。モノフェチ、と言ってもいい。 とくに 七つ道具という言葉に弱い。 子供のころは江戸川乱歩の【少年探偵団】を好んで読んだが、よく考えてみると私が好きなのは「推理小説」ではなく、「小林少年の七つ道具」だった。 (小林少年とは名探偵・明智小五郎の助手) いまだに「作家の旅の七つ道具」という文字を新聞広告で見ると、べつに旅に出るわけでもないのに、その雑誌を無性に読みたくなる。速攻でアマゾンに注文を出した。 旅の道具といっても、「旅の達人である七人の作家たち」だから、じつに簡素でコンパクト。旅に慣れていない心配性の私とは雲泥の差がある。 ただし必ず入っているものがあって、それは カメラである。角田光代も太田垣晴子も鹿島茂も、みーんな「七つ道具」の一つにカメラを挙げている。 携帯電話についてるカメラじゃなくて、ちゃんとカメラとして独立しているもの。(ただし、デジカメ派と、フィルムを使うカメラにこだわる人と、分かれている) 作家の旅は娯楽だけじゃなく、取材の意味合いもあるだろうから、当然と言えば当然なんだけど。 角田光代は「何を撮っているんだかわからないくらいたくさん写真を撮る」そうだ。 「七つ道具」の記事のほかに、恩田陸が日光を旅して書いた紀行文が載っているのだが、この人もやっぱり旅にはカメラを必ず持っていって、いっぱい写真を撮るらしい。 作家は、旅行に出たら文字でメモをとることが多いのかと思っていたが、恩田さんは「小さな手帖を持ち歩いているのに、何年経ってもなかなかページは埋まらない」と書いている。 そうかぁ。私もデジカメを買おうかなぁ――と、読んだものに影響されやすい私は思うが、実は携帯電話についてるカメラもロクに使いこなせていない。 出先でカメラを取り出しても、人目が気になって、シャッターを押すことができないのだ。 やや自意識過剰ぎみです。
これは新潮社から出たムックで、中古で買ったもの。 「新潮クレストブックス特別編集」とあるから、海外の作家のことばっかり出てるのかと思ったら、沢木耕太郎とか山田詠美も出てた。 山田詠美の原稿はサインペンの手書きだそうです。 フランク・マコートも原稿の第1段階は手書き。ノートの右ページにどんどん書いていって、左ページに思いついたことや付け加えたいことをメモする。ノートが出来上がったら、小説の構成を考えながらパソコンに打ち込んでいくんだって。 英語圏の人たちは文字がアルファベットだけだから、手書きが気楽なんだよな、漢字って難しいよな――と私は個人的に分析していたが、山田詠美が手書きとなると、私の分析もたいへん怪しいものになってくる。 もともとノートを含めた文房具が大好きで、事務用品の通販カタログはほとんど愛読書の域に達している私。 急に「ノートに手書き」という作業がしたくなったが、私は作家ではない。 この妄想読書ブログを書くため、読書中に思いついた「妄想キャスティング」のアイデアは極力メモをとっているのだが、ただメモを書き散らすのではなく、ちゃんとした「読書ノート」にしようと思った。 私の場合、読んだあとの本を必ずしも手元に残さない。全部とっておくと場所をとるから、自宅に置く本はかなり厳選している。 図書館から借りた本は期限が来れば返すし。 また、読んでも細かいところを記憶してない本がある。ブログではネタバレ嫌いな私だし、そうなると自分のための備忘録があってもいいんじゃないだろうか。 ……といった理由は後づけで、要するに【海外作家の文章読本】を読んで影響されたのです。 流されやすい私。
全730冊本特集!本・ラブ。と表紙にデカデカと書いてあったら、これを買わずにはいられない。 他の本とあわせてアマゾンへ注文を出し、さきほど届いた。 BRUTUS (ブルータス) 2006年 6/15号 [雑誌]
 裏表紙は腕時計の「タグ・ホイヤー」の広告。 ブラッド・ピットがカッコいい。  全国の読書好き・ブラッド好きの女性の皆さん。 さあ買おう今すぐ買おう必ず買おう。「ブルータス」2006年6月15日号。
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